「問題なのは社会の仕組み」
「高齢者はこれまで社会を支えてきた人たち」
じゃあ自業自得じゃん。自分で答え言ってんだよな。
このポスターを見て、強い違和感を覚えた。
まるで高齢者が若者にとっての重荷であるかのような構図。
そして何より、高校生がこのような風刺画を描くほど(高校生が描いていたら)、今の日本には「高齢者は若者の負担」という価値観が広がっているのだろうかと考えさせられた。
高齢化による社会保障や財政の問題は確かにある。
でも、問題なのは社会の仕組みであって、高齢者という存在そのものではないはず。
高齢者はこれまで社会を支えてきた人たちであり、今も一人ひとりが尊厳を持って生きている。
介護が必要になったら、人は社会の重荷になるのだろうか。
もし若い世代がそんなふうに感じる社会になっているのなら、私たちが本当に考えるべきなのは、そこではないだろうか。
誰もがいずれ歳を重ねる。
世代間の対立ではなく、誰もが安心して歳を重ねられる社会であってほしい。
皆さんは、このポスターを見てどう感じますか?
まだやってたんだ。
確かにどんな大きなnでも1にはならない。それは正しい。
ただ同様に、どんな大きなnでもそれは「限りなく続く0.999…」ではない。大丈夫じゃないんだよな。
Replying to @Fukuso_Sutaro
0.999... = 1 - (0.1)^n、n → ∞
どんな大きなnでも
1にならないのは分かるか?
大丈夫か。
他人が作ったゴミみたいな公理や定義を
鵜呑みにするのではなく
自分で論理的・合理的に考えろよ。
それが数学だぞ。
スタートからゴールの間に1日間隔でABCDEとする
Aに2食置いて帰る
Aで1食拾ってBまで行き、Bに1食置いて帰る
AとBで1食ずつ拾ってゴール
→12日、雇い人0
雇1がAで雇2と雇3に1食ずつ託す
雇2と雇3がBでたかしに1食ずつ託す
→6日、雇い人3
雇1がBでたかしに2食託す
→6日、雇い人1(不帰)
なぜ日本人はこうなのか?
無理に理屈捏ねるなら、植民地から奪えば良いゲルマン民族と違って、この狭い島国の中は常にゼロサムゲームだったから、か?
おたよりガチ回答「相続税は今すぐ廃止すべきだが、たぶん廃止されない。いやそれどころか……」|白饅頭 @terrakei07 note.com/terrakei07/n/n67560…
何というか、「将棋は運ゲー」って言う人たちは将棋はコレだって言ってるんだと思う。最後は指運、見るのも指すのもコレに至ったとき将棋は一番面白くなる、と。
まあそれはそうだと思うけど、世間一般に「運ゲー」って言葉は「結局運で決まるじゃん、アホらし」ってニュアンスが強く、噛み合わない。
#hunterxhunter
・恐らく緋の眼のときもアシスタントはパクノダ
・茫然自失のクラピカは絶対受け取りのときも鎖出しっぱなし
・「ノストラードファミリー様ですね!」って司会が言ってる
⇒探してたウボォーの仇、「ノストラードファミリー」の「鎖使い」が目の前。パクノダ迂闊すぎか?
人権の限界って感じ。
人権がなければ生きていけない。
誇りがなければ生きている意味がない。
そして男にとっては往々にして人権と誇りはトレードオフだ。
白饅頭日誌:10月15日「あなたの息子を、なぜ周囲はこぞって“雑”に扱おうとするのか?」|白饅頭 @terrakei07 note.com/terrakei07/n/nf8c9d…
キモい内面の人間が、即物的な最適解を積み重ねて幸せな人生を目指すことの何がいかんのか。大半の人間はそうだろう、ただ物語のキャラと違ってそのキモさも即物的な選択も人の目に触れないってだけで。
そういうものを敢えて見る不健全な趣味でしょ、文学って。
ほえー、凄いなぁ。
僕はそういう理由では好きになれないのよね。
水平思考で考えてみよう。
前世が「父親の葬儀も出ないヒキニートのペドフィリア」→ キモい → 本質はクズだから嫌い
前世が、「同級生を◯◯に追いやって葬儀で笑ってたいじめっ子」「路上で少女買春してたビッチで無垢な女友達にも売春を強制してたクズ」「家庭内で気に入らない父親にムカついて殺害した狂人」などだったとしても、同じように転生後に人間関係の上澄だけ見て「愛した人を守った。三人と関係持ってるけど」「オタク男子会の友情」「子煩悩」とかだったら許せるのかな?
前世の条件を変えて別のクズさと置き換えて、それで許せるか再思考を繰り返すと、実はその転生後の生き方でルディを好きになったのか、そもそも前提のキモさについて自分の精神や価値観に許容や耐性があるからなのか。
そこが見えてくると思うのだ。
僕はどのキモさもドン引きで、そのままでは転生後も好きにはなれない。
ここで例に挙げた「父親を殺した狂人」は異世界転移は転スラのヒナタの人物背景とほぼ同じ、でもヒナタは「自分の罪を許せない」と内省し続けてるから、許せるところがある。反省してるのよね。
でも異世界転生のルディは、ヒトガミと会って後悔を語り即物的にどうすればいいか問うが、それは懺悔や反省ではなくて個人の後悔止まりなんだよね。酷い目に合わせた相手へ謝罪するとか恨み言を受け止めるみたいな精神的強さが無い。
状況に合わせて最適解を選ぼうとするプラグマティストでしか無い。言い換えればやってることは状況の最適解を選べなかった後悔が積み重なって、即物的に最適な反射ができるようになりたとチート能力を伸ばしてきただけ。虫みたいな進化をした歪な存在が、赦しを得られる物語なのよ。
そこがキモい。
だから、前世より、むしろ、前世の業を抱えたまま虫みたいにチート能力で状況最適化できる強さを得る進化はしたが、内面は変わらず後悔を繰り返したく無いだけの矮小な虫ケラのようなところが一番キモい。
そこに向き合い成長する哲学が「無色」な転生なのが、ルディを好きになれない本質かもね。
そういうキモい主人公から気付きや学びを反面教師的に得て楽しめるのなら健全だが、キモいものをキモいまま好きと言えるのは「自分にそのキモさがあり肯定される楽な共感に酔っている」からか、物語を消化する知能が足りて無いかのどちらかだと思ったのだ。























