「ケンプファー」や「イフリート」がジオンっぽい名前じゃないと言われるならそもそも「ザクキャノン」だの「高機動型ザク」だのも大概それっぽくないというか、本編のイメージに合わせるなら「ザケ」とか「ザグ」とかの方がいいんじゃないかという気持ちに共感してもらいたいという欲求がずっとある
「小学生の時に同じクラスの〇〇ってのが皆から絵が上手いってチヤホヤされててな、でも正直オレのほうがよっぽど上手いもんで、そいつもオレの絵を見て打ちひしがれてたのさ!」
言えたものではない!!認識できていたとしてあまりにも性格が悪い言動すぎて自分からはとても言えたものではない!!
「自分は同年代で一番絵が上手いつもりだったが学校に行ったら自分はNo.2でしかもNo.1との差があまりにも開いていた」
よく聞く話だけど逆にこれのNo.1視点の話はあまり聞かない……と思ったけどこれNo.1視点でこの事象を認識してしかも思い出話にするとなるとやや性格悪いことになるかもしれん
仮にXに「いいね」ならぬ「よくないね」があったら、「表現の自由の観点からしてこれは守られなければならない」というタイプのポストは、その守る対象がなんであれそのほとんどに悍ましい量の「よくないね」が付くだろうと……そう想像するくらいに、表現の自由とは直感や感情に反した概念だとは思う
A「なんだこのキモい作品!性犯罪者製造機!」
B「キモいは酷いだろ!てか俺は性犯罪なんかしてねぇぞ!」
C「表現の自由はどんな作品の存在だって許すんだよ」
A「許していいわけないだろこんなの!」
B「キモいとか性犯罪者は否定してくれねぇのかよ!」
感情を解決できないんだよな……
「キモい作品を見てしまいめっちゃ嫌な気持ちになった人」と「好きな作品をキモいと罵倒する感想を見てめっちゃ嫌な気持ちになった人」の双方に「どう思うにしても他者の表現(作品/感想)を訂正させたり否定する権利はないからね」とするのが「表現の自由」なのでそらまあ双方から嫌われ得るのだ……
表現の自由的にはBLを男性向けと同じくらい規制しようって流れはNGなんだけど、でもこれに「頑張って男性向け作品の自由を守ってきた結果がこれか!」みたいに思うのもまた筋違いというか、表現の自由を守るって、性犯罪者扱いされた無辜の人たちの憤りのケアは出来てたか?というのはあるというか……
正直、富野監督だってあそこまで描ければ人生の中で絶対に「人に比べりゃよっぽど絵が上手い方だ」という自認の時期だってあったはずなんだけど、でもあの人の初の勤め先は虫プロだったのでそこで全ての基準がぶっ壊れたのだろうと(というかある意味では『正しく』なったとも?)
2暫くやってなかったんだけど「折角だしバトオペ3が出るまでの間にレートS-にするくらいはしておくか」って復帰したらなんか「初代ガンダム使ってたら基本勝てるがそれ以外使ったら基本負ける」みたいになってて文字通りのガンダムバトルオペレーションが始まってしまった
初代ゴジラの面白さを考えればその後すぐに続編が作られたということ自体は理解できたんだけど、そこでこのゴジラという作品の続編をどう作ればいいかで「怪獣どうしで……戦わせる!!」というアイデアが出てきたのすごすぎるかもしれん
観たことあるゴジラがギャレゴジとシンゴジと初代とマイゴジという典型的なゴジラ泥棒なんだけど、正直に言うと初代ゴジラ観た時は「これがこの後ミニラとかメカゴジラとかなんかこう……そんな感じになってくんすか!?」とは思った







