
LIVE TOUR "鏡海" 7/5Seoul 8/2Tokyo 音楽家・歌手/KK (@kk_orne)/KITA.
東京
Joined April 2010
- Tweets9.7K
- Following354
- Followers40.2K
- Likes243
和樂|Mother’s Face
|||ライナーノーツ|||
■高橋勅雄 - Atoa.
この楽曲の経緯については、上北くんのライナーノーツの方に詳しく書いてある為、割愛もさせていただき、私からは、この楽曲に何故あの形の衣装や道具をつけたのか…、どんな想いで舞っているのか…をメインに書かせてもらおうと思う。
まずこの楽曲を一緒にやってみないか?と上北くんから提案をもらった時、とても嬉しかった気持ちの反面、[私]が追い求める[世界の顔]の持ち主?[母なる地球]となるような存在?そういう対象に自分を投影した姿?こんなコンセプトで楽曲を作ろうとの提案は、今まで無かったし、ワード1つ1つ自体があまり聴き慣れ無い(あまり使用しないワード)が多かったし、このコンセプトを紐解くのにどれだけの時間がかかるんだ…と少し絶望感に打ちひしがれた記憶もある。。。(笑)
でも、そんな困難な事を共に形にしたい…という、上北くんの熱い想いの表れでもあるなぁとも同時に感じ、私も(亮も)自分の中のありったけを注いで、この楽曲を完成させたい…とも想っていた。
まずは[世界の顔を追い求め]と曲がスタートするとても印象的なこの楽曲。
この曲を初めて聴かせてもらった際に、直面(ひためん=素顔のまま)は、まず無いかな…と率直に思った。
それと、神でもあり•母でもあり•地球のような存在でもあれる様にと、独自の(特殊な)頭巾を作製し、使用してみたい…と考えた。
角度を変えて見てもらうと、様々な表情が感じられるモノにもしてみたのは、[母]さえも多くを受け止めるための[顔]を探していた(のかもしれない)という上北くんからの言葉のニュアンスを受け、私なりの解釈を付け足させてもらいつつ、母の優しさや強さのみならず、苦悩や悲しみも含めた、母の美しさをどうしても表現したかったからだ。
そして、右手には、青握手という生きている植物や命で造られている道具を手にし、左手には、白握手という既に死んでいる命で造られている道具を手にしている…。
その両方を手にする事で、母の様な本当の優しさをも手にする事がきっと出来るであろうと、この形を取った。
舞いの方には、日本古来から伝わる[反閇(へんばい)](足拍子•足踏み)を数多く用いて、様々な厄•災いが起こらぬ様にと祈りながら舞い込む形を取り入れている。
そうするとどうであろう、人それぞれに感じる[母なる顔]が頭巾の向こうに見えてくるのではなかろうか、、、。
この楽曲が完成して、上北くんと一緒に演舞をしていると、上記の想いや祈りの形が、観てくれている方々と共鳴し、空間や会場ごと、なんだか気持ちが通じ合えたり分かち合える事が出来てしまう、不思議さをいつも感じている。
そして、これがなんとも和樂らしく、なんとも和樂的な演奏(行為)だなぁーと、幸せを噛み締めながら舞っている。
身体を使い込み、頭巾の奥で息が上がるその刹那、会場全体が【和樂】となっていく様子と上北くんが自身でも楽しみにしているという声色の変化でどう場面場面が紡がれていくのかを頭巾越しに見守りたい。
■上北健
2020年に発表した【Philia】という上北健個人名義のEPに収録した楽曲が、この【Mother’s Face】のオリジナルになります。【Philia】とは、慈愛を意味するギリシア語です。
その折、CD収録するボーナストラックという位置付けで、【Mother’s Face】の和楽器ver.という音源を制作したのですが、そこで和太鼓を担当してくれたのも、他ならぬAtoa.の二人でした。
僕とエンジニアとで宮城まで乗り込み、多賀城市のスタジオでレコーディングを行った日のことは、今でもまだ記憶に新しい出来事です。その時の収録もかなりうまくいって、実際に出来上がった和楽器ver.の方は、今でも個人的にとても気に入っている音源として残っています。
それから少しの時間が過ぎて、2024年の舞台【花乱舞 其ノ参 -原点回帰-】にて、初めてセットリストに組み込まれたこの【Mother’s Face】ですが、その時には通常ver.のインストを使ってのパフォーマンスになりました。あえてAtoa.の二人は太鼓を打たず、ハンドマイクで歌唱する僕の傍らで、頭巾を被り神楽を舞うという、非常に切れ味の良いパフォーマンス内容を提案してくれました。
そのライブスタイルには僕らも大きな手応えがあり、この公演を皮切りに、【Mother’s Face】のパフォーマンスは定番化されていきました。実際に歌唱している最中も、個人のライブで歌ってきた以上の高揚感と充足感があったのは言うまでもありません。
そんなこともあって、今回のアルバム【和樂】にもぜひこの楽曲を収録しようという運びになりました。もちろん新しいアレンジで。
当初の和楽器ver.でもそうでしたが、この曲中に登場する和太鼓は、一連で打った太鼓ではありません。短い太鼓のフレーズをループさせて、あえて単調に貼り付けて使用しています。ライブステージで、二人が頭巾を被ってその表情さえも見せないように、この楽曲では自分たちのエモーショナルを押し殺して淡々とリズムを刻む。もとは僕(上北健)の楽曲だから、という気遣いからそうしてくれているのですが、それがまたこの楽曲には非常に美しくフィットしていると、完成形を聴きながら思います。
さて、作曲者そしてボーカリストとしての立場から、少しだけ今回の【Mother’s Face -waraku ver.-】についての変化にも触れてさせていただくと、当初発表した2020年のバージョンではあくまでも[自分]としてボーカルを入れていたのですが、今回は曲中で[私]が追い求める[世界の顔]の持ち主、[母なる地球]とでも表しましょうか。そういう対象に自分を投影した声音で、歌唱いたしました。
[母]さえも、多くを受け止めるための[顔]を探していた(のかもしれない)、というなんとも回りくどい話なのですが、やはりAtoa.と作り上げる作品ではしばしば、人間をもっと俯瞰から大地的に捉える場面が多くなるので、この楽曲にもそのニュアンスを取り込んでみたのです。
これから先のライブ・舞台で、自分の中にどちらの意思が降りてくるのかまだ予測できません。その時々で、歌声の色は変わってしまうかもしれません。ただ、神楽舞の足踏みで軋む床の振動と、頭巾越しの二人の息づかいが呼び起こしてくれるその歌声を、清く丁寧に喉に通すことができればそれが【和樂】であると、感じて歌おうと思います。
監督・脚本・キャラクター原案|錦織敦史
制作|CloverWorks
オリジナルアニメーション映画
『#GROTESQQQUE -グロテスク』
本日から全国ロードショー💐
Q1 エリィアンズ 劇中歌『TERASE』
今日から映画館で流れます
頑張るあの子を、照らす歌。
kmu.lnk.to/TERASE
劇場まで、ぜひお越しください
INFO🔻
movie-gtq123.com/
#GTQ123 @grotesqqque
上北健 retweeted
一ノ瀬みかが劇中歌の歌唱を担当
映画『GROTESQQQUE-グロテスク-』
2026.11.6(金) 公開
異星人、ギャル、ヴァンパイア、それぞれを主人公として描かれる3つの物語。
第一部『エリィアンズ』の劇中歌2曲を歌唱。
🎧Download & Stream
「星空に憧れを」
kmu.lnk.to/WYWUFS
「TERASE」(作詞・作曲・編曲 上北健)
kmu.lnk.to/TERASE
🎞️公式サイト
movie-gtq123.com/
©Atsushi Nishigori, CloverWorks/Project GTQ
@grotesqqque
@mika_ichinose_1
@KK_DK
明日から映画『GROTESQQQUE-グロテスク-』公開ですね、劇中にて、書き下ろし曲『TERASE』が流れます
先ほど東横線の車内ディスプレイにCMが登場したので、嬉しくてスマホで録画だ!と思ったのですが、
再生ボタンのタップをミスっており、謎の1秒動画が記録されておりました
ぜひ劇場まで
上北健 retweeted
◤◢◤掲載情報◢◤◢
音楽プロデューサーを務めた
長谷川洋輔さんに音楽制作の裏側について
お話しいただきました!
ぜひチェックしてください!
『GROTESQQQUE-グロテスク-』
11.6 ғʀɪ ʀᴏᴀᴅꜱʜᴏᴡ
#錦織敦史 #GTQ123
🔷GROTESQQQUE -グロテスク-🔷
インタビュー
異例かつ贅沢な音楽制作の裏側
作品を支える“設計思想”とは?
#GTQ123 #GROTESQQQUE @grotesqqque
mantan-web.jp/article/202610…
上北健 retweeted
「GROTESQQQUE-グロテスク-」
地球人と宇宙人が共存する世界。
ギャルが戦い合うネオンの世界。
純血のヴァンパイアと旅する終末世界。
心を刺激する、鮮やかな物語をぜひご覧ください!
11.6 ғʀɪ ʀᴏᴀᴅꜱʜᴏᴡ
#錦織敦史 #GTQ123 #CloverWorks
ツアーまで1週間になりました
ぜひ一度、会場で体感いただきたいです
ぜひよろしくお願いします
和樂|光焔揺蕩
|||ライナーノーツ|||
■高橋勅雄 - Atoa.
人の心は、揺れ動く。
人の心は、定まらない。
ゆらゆらと揺れ動き、時に迷う。
それでも、その先にある光を…この手に。
私がこの【光焔揺蕩】を造るきっかけにした一節の言葉だ。。。
現代において「自分らしさを全面に出す。」「やりたいと思った事を真っ先にやる。」「自分が正しいと思った道に進んでみる。」などという事に、なんだか躊躇する(とりあえず躊躇しなくてはならない)風習?習慣?が、この日本という国の中には蔓延って来ている様に思える。
自分らしさを全面に出すと、恥ずかしいからか…
やりたいと思った事を真っ先にやると、馬鹿なのだと勘違いされて怖いからか…
自分が正しいと思った道に進むと、自分だけが損をしてしまうからか…
「そんなんじゃない。」「そんな事はない。」と、亮と2人で想いを馳せながら曲造りに挑んだ、、。
人の心は、揺れ動く。そして、迷う。だけれどその中で「これしかない。」「これじゃなきゃいけない。」「こうであるべき。」という想いの形、そして今あるべき自分自身の姿を見つける事が出来る。それは、格好が悪いモノでないし、全くダサくもない。。。
躊躇してては、決して成し得ない、その先の光の形[オリジナル]がある。太鼓の音に…太鼓を打つ身体に…胸の奥にある焔に…、全てを懸けてみた。
上北くんにこの曲を投げた際、上北くんから「忘れ難き日、焔、揺蕩う。」という言葉の繰り返しが入った音源が戻って来た。その繰り返しの言霊には、私らの胸の中にある焔に「これしかない光の形とは?」「これじゃなきいけないの焔の形とは?」「こうであるべき姿の形とは?」とも問いかけてくる様なモノでもあり、それと同時に、その一瞬をも「忘れ難き日に…。」と、私らの焔に火種を焚べて焔を舞い上がらせながら背中を押してくれる様な感覚のモノでもあった。
自分らしさを全面に出す事・やりたい事を真っ先にやってみる事・自分が正しいと思う道に進む事。
それが出来る一歩のような…
そう想えるきっかけになるような…
この曲がそんな風にも感じ取ってもらえるように、今日も心の奥の焔を燃やし、祈りを込めて、太鼓を打ち鳴らす。
■上北健
非常にクールな和太鼓のデモ音源が送られてきたのは、2025年春頃だったかと記憶しています。フチを絡めたリズミカルな、熱を押し殺した静かな炎を思わせる太鼓の手。その音源を聴いて、溢れるようにイメージが広がっていきました。
揺れ動く火柱の様子を、まず思い浮かべながら、その太鼓のリズムに音を足していきます。焚べられた薪が時折爆ぜる際の、細かな伸びの少ない音色を、太鼓に対して合いの手を打つように組み込みます。
おおよそ、そんな火炎の姿を表現できたと思ったところで、まだ何かが足りないと感じました。この「炎」は、何か意味を持っているのだろうかと。情景描写をするだけにとどまる楽曲では、ないように思ったのです。
忘れ難き日。焔、揺蕩う。曲中でリフレインさせた言葉は、そう伝えています。揺れる「炎」は、記憶であり、予感。過去であり、あるかもしれない未来の一瞬を切り取ったフラッシュのようなもの。それが僕達の脳裏にはいつも発生していて、大きくなったり小さくなったり、心を惑わしているのだと、そういう抑揚を比喩してみました。
曲中のボイスは、時間を均等に分ける記号のような役割にしていますが、その背後で奏でられる和太鼓や電子音は、周期ごとに姿を変えていく。そんな構成を意識して、あらためて楽曲を楽しんでもらえたら幸いです。
ところで、【和樂】の作品の中で最初にリリースを行った楽曲がこの【光焔揺蕩】なわけですが、これをはじめに世に送り出そうと決心できる太鼓打ちは、Atoa.の二人をおいてもう他に現れないのではないでしょうか。
初稿として提出したアレンジは、個人的にも破茶滅茶な味付けで、舌には濃いのかなという印象だったのですが、それを美味そうに頬張ってくれた彼らは、唯一無二の感性を持つ新しい種族の太鼓打ちであることを(もう言うまでもないことなのだろうなと思いつつ)、ここに書き残しておこうと思います。
和樂|光焔揺蕩
|||ライナーノーツ|||
■高橋勅雄 - Atoa.
人の心は、揺れ動く。
人の心は、定まらない。
ゆらゆらと揺れ動き、時に迷う。
それでも、その先にある光を…この手に。
私がこの【光焔揺蕩】を造るきっかけにした一節の言葉だ。。。
現代において「自分らしさを全面に出す。」「やりたいと思った事を真っ先にやる。」「自分が正しいと思った道に進んでみる。」などという事に、なんだか躊躇する(とりあえず躊躇しなくてはならない)風習?習慣?が、この日本という国の中には蔓延って来ている様に思える。
自分らしさを全面に出すと、恥ずかしいからか…
やりたいと思った事を真っ先にやると、馬鹿なのだと勘違いされて怖いからか…
自分が正しいと思った道に進むと、自分だけが損をしてしまうからか…
「そんなんじゃない。」「そんな事はない。」と、亮と2人で想いを馳せながら曲造りに挑んだ、、。
人の心は、揺れ動く。そして、迷う。だけれどその中で「これしかない。」「これじゃなきゃいけない。」「こうであるべき。」という想いの形、そして今あるべき自分自身の姿を見つける事が出来る。それは、格好が悪いモノでないし、全くダサくもない。。。
躊躇してては、決して成し得ない、その先の光の形[オリジナル]がある。太鼓の音に…太鼓を打つ身体に…胸の奥にある焔に…、全てを懸けてみた。
上北くんにこの曲を投げた際、上北くんから「忘れ難き日、焔、揺蕩う。」という言葉の繰り返しが入った音源が戻って来た。その繰り返しの言霊には、私らの胸の中にある焔に「これしかない光の形とは?」「これじゃなきいけないの焔の形とは?」「こうであるべき姿の形とは?」とも問いかけてくる様なモノでもあり、それと同時に、その一瞬をも「忘れ難き日に…。」と、私らの焔に火種を焚べて焔を舞い上がらせながら背中を押してくれる様な感覚のモノでもあった。
自分らしさを全面に出す事・やりたい事を真っ先にやってみる事・自分が正しいと思う道に進む事。
それが出来る一歩のような…
そう想えるきっかけになるような…
この曲がそんな風にも感じ取ってもらえるように、今日も心の奥の焔を燃やし、祈りを込めて、太鼓を打ち鳴らす。
■上北健
非常にクールな和太鼓のデモ音源が送られてきたのは、2025年春頃だったかと記憶しています。フチを絡めたリズミカルな、熱を押し殺した静かな炎を思わせる太鼓の手。その音源を聴いて、溢れるようにイメージが広がっていきました。
揺れ動く火柱の様子を、まず思い浮かべながら、その太鼓のリズムに音を足していきます。焚べられた薪が時折爆ぜる際の、細かな伸びの少ない音色を、太鼓に対して合いの手を打つように組み込みます。
おおよそ、そんな火炎の姿を表現できたと思ったところで、まだ何かが足りないと感じました。この「炎」は、何か意味を持っているのだろうかと。情景描写をするだけにとどまる楽曲では、ないように思ったのです。
忘れ難き日。焔、揺蕩う。曲中でリフレインさせた言葉は、そう伝えています。揺れる「炎」は、記憶であり、予感。過去であり、あるかもしれない未来の一瞬を切り取ったフラッシュのようなもの。それが僕達の脳裏にはいつも発生していて、大きくなったり小さくなったり、心を惑わしているのだと、そういう抑揚を比喩してみました。
曲中のボイスは、時間を均等に分ける記号のような役割にしていますが、その背後で奏でられる和太鼓や電子音は、周期ごとに姿を変えていく。そんな構成を意識して、あらためて楽曲を楽しんでもらえたら幸いです。
ところで、【和樂】の作品の中で最初にリリースを行った楽曲がこの【光焔揺蕩】なわけですが、これをはじめに世に送り出そうと決心できる太鼓打ちは、Atoa.の二人をおいてもう他に現れないのではないでしょうか。
初稿として提出したアレンジは、個人的にも破茶滅茶な味付けで、舌には濃いのかなという印象だったのですが、それを美味そうに頬張ってくれた彼らは、唯一無二の感性を持つ新しい種族の太鼓打ちであることを(もう言うまでもないことなのだろうなと思いつつ)、ここに書き残しておこうと思います。



























