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【インターネットで活発なタイプ】
一般での診断比率と、ネットでの比率を比較。
INFP・INFJが圧倒的。
結論:インターネットはINF天下。
ネット社会を好むのはN >> I > F > P
レモン・カッシュ retweeted
残念ながらINFPは非戦闘員枠です、襲われたらロクな抵抗すら出来ずに狩られます
しかしご安心下さい、INFPは自動的にヒロイン枠に組み込まれる枠でありENTJやENFJが最終決戦まで守り抜いてくれます
問題は主人公がもう一人のヒロイン枠であるISFPとどちらを選んでくれるか次第で結末が変わることです
FJ型のFeは感情の統一(共感)
気配りや集団意識が強い。他人へのコントロール欲求が高い。個々への尊重意識は低い。
FP型のFiは感情の尊重(個性)
個々の価値観を尊重する意識が強い。他所からの強制を嫌がる。全体意識は低い。
どちらを優しさと取るかは人や場合による。
仲良くなるほど相性は…?
レモン・カッシュ retweeted
これ、ASDの自分が一番やってしまうことだと思う。
パターン認識が速いので、相手の言動を数回見ただけで「この人はこういう人」と人物像を完成させてしまう。
そこに白黒思考が重なると、「味方」か「敵」かまで確定させる。
困るのは、その人物像に合わない言動を見たとき。
相手は普通に気分が変わっただけなのに、僕の中では「裏切られた」になってしまう。
対策は、人物像を確定させずに「まだわからない」の箱に入れておくこと。
わからないまま付き合うのは、ASDにとって一番難しくて、一番楽になる距離感だと思う。
NiとFiって強烈な自我を持つ機能なんですが、それに加えてNiは『自我だと認識しにくい』。
思想の主語が壮大になりがちなのも『自我が至って強烈なのに、それを自我だと認識しないから無意識的に主語を大きくしてしまう』という一面もある。
レモン・カッシュ retweeted
INTJ・INFJを認知機能の観点から真面目に、そして厳しく語ってみる。長文注意。
彼らはネット上では何かと神格化されたり、反対に揶揄もされたりと話題には事欠かない。その訳は彼らのどこか浮世離れした印象と、外から見た価値観の難解さ。
要因は彼らが主機能に持つNi(内向的直感)。
これは↓
INTJ・INFJを認知機能の観点から真面目に、そして厳しく語ってみる。長文注意。
彼らはネット上では何かと神格化されたり、反対に揶揄もされたりと話題には事欠かない。その訳は彼らのどこか浮世離れした印象と、外から見た価値観の難解さ。
要因は彼らが主機能に持つNi(内向的直感)。
これは↓
一部こちらのポストを参考にさせてもらいました。
長文ですので、ここから先はご興味のある方のみお読みください。
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わたしもF型(INFJ)なんですけど、『察せてる』というのは実は自己満足でしかなくて、本当はただ頭の中で勝手に相手の気持ちを妄想して、自分の限られた価値観でもって『こうだろう』と決めつけてるだけなんだということに数年前に気づきました。
相手の気持ちなんて直接聞かない限りわからないのに、自分だけの物差しを使って人の気持ちを測っていました。
そして『わたしは察せてる』が当たり前の人間は、他人にも同じことを求めるんです。なぜなら自分は相手の気持ちを察して動いてる(つもりになっている)のに、自分は同じ扱いを受けないなんて理不尽じゃないですか。なんでわたしばっかり気を遣ってるの!?わたしの気持ちもちゃんと察してよ!無神経な人ばっかり!!という相手や周りへの責め心が出てくるんですね。
でも他人がみんな自分みたいに相手の気持ちを妄想しながら生きているわけではないし、相手に確認していない限り頭の中にあるその『相手の気持ち』は本物ではない。確かめていないから根拠もないのでやはり妄想なんです。ただ察せている気になってるだけ。
ということに思い至るのに、かなりの時間を要しました。ですので、この方がこう思う気持ちは非常によくわかります。同じF型として。
まぁ、F型に限らず自分以外の物差しの尺度になることって難しいですからね。
自分もF型としてずっとそうやって生きてきたんですけど、心の病を患ったことをきっかけにお世話になった心理士さんから『あなたのそれは妄想ですよ。相手に聞いてもいないのになぜその人の気持ちがわかるんですか?』と指摘され、た、確かに!!と目からうろこで気づくことが出来ました。
以降、自称『察せる人』を止め、妄想はせず、相手の考えていることが気になったら言葉にして聞いて確認することにしています。たったこれだけで頭の中でモヤモヤ妄想する労力がゼロになり、めちゃくちゃ楽になりました。相手に『察して』を求めて裏切られることもありません。とても生きやすい。
同じF型として『察しているつもり』に酔いしれ、自分の価値観を勝手に他人に押しつけては裏切られた気になってひとりで傷ついていたわたしだからこそ、そう思います。








