
日本各地を旅しつつ鄙びた風景、不思議な伝承など「消えゆく物事」「人の生きた記憶」を記録して生きてます。歴史/街並/建築/旅館/民俗/博物学/稀にポトレ 主な著作『日本遠国紀行』(2025年 笠間書院) 画像本文転載・生成AI学習お断り 原稿等依頼・連絡はDM/メールへ:[email protected]
四国⇔北海道⇔ショートランド泊地
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【新刊告知】
『日本遠国紀行 消えゆくものを探す旅』
が10/28に発売されます。10年にわたる日本各地を巡る旅から、いま消えゆく集落や人々の姿、風習、言い伝えなどをその地域の風土や生活、景観の写真とまとめた紀行文集です。かねて「こんな本が読みたい」と要望がありましたが…ついに出ます!
旅に熱中するあまり約36時間何にも食べてなかったところでようやくとれた食事が「岡山の県北が誇る伝統和牛のステーキ」という私には見合わない&豪華なのか貧相なのかよくわからないことをしている。いや違うんです、贅沢してるわけじゃあなくて、この地域の開祖的人物の足跡を辿るために必要でして…(このお店もその子孫に近い関係者である) おかげさまで旧宅の場所も関係の具体性もわかった…ありがとうございます。すごい石垣だわい。
そしてお肉なんですけどね。こいつぁやべェぜ…肉が、肉が「甘い」んだ。そしてこれだけの厚みがある肉だというのに筋もなく、口の中で適度に噛み応えととろける舌触りがあってありえんほど美味しい。空腹も手伝って涙出るほど美味しい…これが和牛の良い肉の味なのか…「五臓六腑に染み渡る」とはこのことだわね…と恐れ慄くのであった。たまには美味しいもの食べてもいいよね…へへ。
旅に出るたびに思うが道中聞きとった話や出来事の濃度が激濃な一方で運転するのは自分一人なわけでここに記録として書いたり反応できる時間が少なすぎて今であればこの中国山地の面白さをすぐに伝えられないのがまこと惜しい。旅先でも自分が二人欲しい。お前Twitterに速報書け、私は運転すっからさ…
中国山地に来るたび、今から10年前に「小学生の頃に広島で被曝しましてね。ほうほうの体で親とここまで帰って来て…それからずっとここにおります。親が死んでからは独りです」と話してくれた、広島県内の山村で会ったお婆さんのことを思い出す。当時私は内容が内容だけに、お婆さんの方から話してくれたにも関わらず遠慮してしまってあまり詳しく聞けないままにしてしまった。それから気になって、なんとかもう一度会いたいと思ったのだけれどコロナが流行ってしまってしばらく行けず、落ち着いた2024年にもう一度行ってみたら隣の人に「2年前に亡くなったよ」と言われて…。
隣の人が「昔は原爆症が子供に遺伝するとか言われて怖がられたからあの人はずっと独り身だったんだ。地元の農協に勤めて、自分一人で家建て直して…立派な人だった」と言っていて、凄まじい後悔をいまだに引きずっている。
それからより一層、私は行程が多少遅れようとセンシティブな話だろうと、向こう側が話して下さる限りは一つも聞き逃さないよう旅をするようになった。旅に2度目はないのだ…。
オオサンショウウオ、特産の地域自治体ではだいたい可愛いキャラ化されてるところで鳥取県は日南町だと「オッサンショウオ」なるゆるキャラになってるの個人的にかなり好きなんですよ。しかもこれ公募のキャラクターで、町内の当時15歳の女子中学生が考案したのである。見習いたい…このセンス。
岡山の県北にある清流の集落で、子供の頃(終戦直後)までふつうにオオサンショウウオを食べていたというお婆さん(85)の話を聞いて感激していた。オオサンショウウオは1952年に特別天然記念物に指定され、現在捕獲や採取はもちろん食べるのも禁止である。しかしそれまでは中国山地、特に岡山県北部や鳥取・島根県境一帯の山里では貴重なタンパク源として地元の人たちはふつうに口にしていたとは聞いていたが、実際にそういう人にようやく出会えた。
お婆さんによれば味は海の魚のコチのような淡白な白身魚みたいでクセもなくかなり美味しかったそうで、この地域では皮を剥いて煮付や味噌汁の具にしてよく食べたそうである。また別の家庭では藁に包んで蒸し焼きにしたりする食べ方もあったという。そして淡白な味に対して皮には強い香りがあり、それが本当に山椒の香りがして子供心に「だから山椒魚なのか」と思ったそうな。皮はヌメリがとてもあるのでカボチャの葉をあてがって剥いだ。カボチャの葉にはトゲがあるのでそれが引っかかって剥ぎやすくなったとか。
お婆さんの場合、子供のころは病気がちで肉は滋養があるからと祖母がよくオオサンショウウオを食べさせてくれたそうだ。結核性肋膜炎にかかったことがあり、そのときは誰ともなく「精がつくから」とオオサンショウウオの生き血をとって飲まされたとか…(スッポンかよ)(動画参照)
いい話を聞けた…大変感謝。これだから旅はやめらんねェんだフホホホ
もちろん今は食べたらダメだからね?(特別天然記念物になる前の話です) この集落では今でもオオサンショウウオはよくいるそうで、田んぼや道沿いの水路伝いに家の周りまで「ええよく遊びにきますよ」とのこと。「遊びにくる」という言葉遣いにお隣さん的な親しみを感じていいな…と思った。そらオオサンショウウオくんこんな図体で歩くときはもちもちのお手てでよちよち歩きなんですからね、可愛いですね。
お婆さんが病気の際に生き血を飲まされたようにオオサンショウウオは「食べる」だけでなく「薬」としても用いられた。酒に漬けたものは夜盲症や中風(脳卒中のこと)に効くとされ、横溝正史の『悪魔の手毬唄』でオオサンショウウオ酒が出てきたりする。アレも岡山県が舞台の話だが、横溝正史は岡山県に疎開していたため岡山県の文化風土の解像度がめちゃくちゃ高いんだな…とこの地の平成〜令和をたびたび旅をしていてよく思う。
再三にわたって書くが、これは特別天然記念物に指定される前の話のことで、今は捕獲も食べるのもダメですからね? 当時の価値観と時代性の話ってことで頼むわよ。どうしても食べたい場合はチュウゴクオオサンショウウオあたりにしておこう(なほ、こちらはこちらで特定外来生物である)
今日がとりわけ時間なかったってだけで、明日はちゃんと道中でも飲食とるようにします(今回の旅テーマで重要な品なので確実に食べることになる)
ちょっと気を抜くとすぐ旅先限界モードが起動するのでよろしくない…んだけど家にいるときは無限に体に悪いものストレス食いするから別にいい気がする。
ああ…ひっさびさの長旅、その初日。窓の向こうに滑っていく中国山地の赤と黒の屋根瓦の風景、どこの馬の骨とも知らない北海道民に快く話をして下さる地元の方々、解体前に撮影が間に合った建物、不思議な伝承、そして星空と山の暗闇の中宿へひた走る時間… これだ、これだよ。やはり私には旅が必要なんだ。枯れ木に水が染みわたっていくかのように、胸が楽しさとありがたみで初日からいっぱいじゃ。ありがとう…中国山地。本当に本当に…ありがとう。それしか言葉が見つからない(レース終盤)
最近隙あらば中国山地と山陰来てますが、それも今回でしばらく見納めになると思います。前回は今年のお正月…あの大雪と地震の週でした。またお世話になりますわよ…よろしくお願いします。岡山の県北ももちろん行きますよ。人形峠と辰巳峠は友達です。だから今度は優しくしてね…両峠くん(白目)
さて、なんでこんな早々に目的地ネタバレしたかというとですね。米子空港降りて初っ端向かった米子市内の某鄙びた街並みで芸人コンビのジョイマンがなんかの番組のロケやってたの目撃したからなんですよね。「なんだこいつゥ〜!?」言う人も、ラップが上手い人もテレビで見るまんまだった。なんなら私が高校の頃レッドカーペット見て笑い転げてた頃となんにも変わらない見た目で車の窓越しに見かけてめちゃくちゃびっくりした…。米子に拠点?冠番組?持たれてるとか聞いた記憶があるんだけれど、そういう関係なのかしら? ジョイマンさん、今後とも末長くラップを奏でてください。生牡蠣、生牡蠣、食べたら歯磨き。
どうせバレるので早々にネタバレしますと今回の旅は山陰&中国山地です。本年お正月に追い遂げられなかったところを今回で調べきり、またこの晩秋だからこそ行われるあの(あの!?)人類発展の礎たる技術に触れに行きます。今回ばかりは先に言える。期待できますよ…ブリーフィングばっちりですから。
山陰地方&中国山地の皆様、対戦よろしくお願い申しあげます。













