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ゲームという大きな世界に、意味の無いことなんてないと思っている。
雑誌に投稿したが選ばれなかったプログラム。
ゲーム筐体のスピーカーに録音機を当てて録った雑音混じりのゲーム音楽テープ。
方眼紙に一生懸命写したドット絵。
これらも皆、ゲームの世界を構成する大事な一要素だと思う(続く)
Wizardryの共作者、ロバート・ウッドヘッド氏は、ウィザードリィとは何かという問いに次のように答えている。
「ウィザードリィとは “ゲームの世界”という名の壮大な鎖かたびらを構成する、ほんの一つの繋ぎ目である」
あの歴史的大傑作を生み出しながら、何と謙虚なのだろう。そしてこれは、ゲームの世界を見事に捉えた発言であると思う(ウィザードリィに出てくるアイテムの鎖かたびら=チェインメイルをさりげなく使っているのも実に粋だ)
アーケードも、PCゲームも、家庭用機も、電子ゲームも、ゲームブックも、みんな「繋ぎ目」。お互いが絡み合い支え合って、壮大な鎖かたびらを構成している。
マーケットは重要だけど、マーケット視点だけでゲームの世界を捉えようとすると途端に見誤る可能性が高くなるのは、この「繋ぎ目」という意識が欠けているからなのかもしれない。
マイコンショップの店頭にあるマイコンに、立ちながら打ち込んだプログラム。
ゲーセンで、名前も知らないゲーム仲間と攻略法を語りあったあの時間。
「ぼく/わたしがかんがえた さいこうのゲーム」が書かれた誰にも秘密のノート。
これらも皆、「繋ぎ目」であると私は思う。世に出た、出ていないなんて関係ない。
全てに意味がある、大事な「繋ぎ目」なのだ。
#レトロゲーム #ウィザードリィ愛好会
ストリートファイターの新作映画におけるダルシムのイケメンぶりが話題になっている。ダルシムはいつだってイケメンだ。異次元から来たものに対しても、限りなく優しい。#ストリートファイター
【嘘のような本当の話】
『高校の自由研究で「飛翔鮫」の攻略法を提出したことがある』
私が通っていた高校は極めて自由な校風で、髪型の規則はなく私服での登校も可能だった(サンダル履きのみ禁止)。
そういう校風だったからか、先生に「飛翔鮫というゲームは、僕がいま一番情熱を注いでいるものなんです。学問ではないかもしれませんが、(攻略には)ちゃんと理論があります。一生懸命書くのでお願いします!」とダメ元で頼み込んだら、そのテーマで書くことを許可してくれた。
まさか通るとは思わなかった。
自分で頼み込んでおいて何だが、すげえ学校だなと思った。だが感心してばかりはいられない。私のとんでもない申し入れを受けてくれた先生のためにもしっかりやらねば。
宣言通り、私は一生懸命に飛翔鮫の攻略法を書いた。ノートにみっちりと。写真は使えず絵も苦手だったので、簡単な図以外はほぼテキストだけで押し切った。
ようやく書き上げて提出した飛翔鮫の攻略法には、それほど良い点はつかなかった。だが「正直私にはよく分からないが、とにかく熱意は伝わった」と先生からコメントをもらった。
私は嬉しかった。
ゲームへの熱意が伝わったことに。
残念ながら、私が書いた飛翔鮫攻略法はもう無い。高校時代の教科書やノートを処分する際に紛れてしまったのだ。
証拠をお見せすることが出来ないのは残念だが、ゲームの内容や攻略法を字で表すのは本当に大変だった。
いつもゲーム雑誌の記事を何となく読んでいたが、こんなに手間のかかるものだったとは。ライターの方々は本当に凄いなと、私は身をもって感じた。
これ以降、飛翔鮫は私にとって特別なゲームになった。
プレイするたびにあのノートのことが頭に浮かぶ。私はノートに「ボムは惜しまず使うこと」と書いたのに、今日はボムを惜しんで一周目前でやられてしまった。これでは高校生の自分に怒られてしまいそうだ(笑)
#レトロゲーム
私はギャンブルは一切やらないが、駄菓子屋に置いてあったルーレットゲーム「ピカデリーサーカス」は結構よくやっていた。駄菓子屋では定番の機体なので、プレイしたことがある人も多いのではなかろうか。
このゲームにはちょっとした思い出がある。
兄がある日、ピカデリーサーカスについてこんな情報を私に教えてくれた。
「いまランプがついているところから、ちょうど反対側にある番号を押すんだ。そこが当たりやすいらしいぞ」
ほんとぉ?
私は半信半疑だったが、野性的な私の兄はぐいぐいと私の手を取って、該当の位置の番号を押させた。
そしてルーレットが回る、回る、回る…止まった。
当たり!
何とメダルを十数枚もゲットできた!
さすがは兄ちゃん、こりゃすげえと、私はこの「対角線ベット」を武器にコインを山のように増やす…ことは出来なかった(笑)
当たったのは最初だけで、それ以降はみるみるメダルが減っていき、ついに手持ちの10円玉すらなくなりスッカラカンになってしまった。
今から考えると対角線が当たりやすいなんてデマ以外の何物でもないのだが、ガキンチョだった私は一度上手くいったことでその情報を信じ込み、一気に財を失ったのだった。
その日はギャラクシーウォーズをやるつもりだったのに、そのお金もなくなってしまったのは悲しかった。ギャンブル怖い(笑)
それ以降、私はギャンブル系のゲームには殆ど手を出さないようになった。負けると熱くなってさらにつぎ込んでしまいがちだし、たまに勝ったとしても最終的には負けてるし…。要はまあ、私はギャンブルに全く向いていないのだ。
だから私はピカデリーサーカスに感謝している。 「やめとけ、坊やはこの世界に向いてねえ」と、人生の序盤で私に教えてくれたのだから (笑) #レトロゲーム
『アンチャーテッド』を好きな人っています?このコレクション、3本入ってお得だったので買ってみたら、面白くて一気に3本やってしまいました。平日昼間にテレビでやってるアクション映画みたいな感じ…分かりますかね(笑) 大味でガバガバなんですが、テンポが良くて気持ちよく進めます。良作ですよ!
【ドラクエⅠと のび太のおばあちゃん】
今朝、何気なく呟いたドラクエ6のポストに沢山コメントをいただいた。やはりドラクエは人口が多いなと改めて思う。
ちなみに私がドラクエを初めてプレイしたのは「Ⅰ」だった。アーケードやPCゲームの冷酷な難易度に慣れきっていた自分の感想は「優しい」だった。“易しい”ではなく“優しい”である。そのあまりの優しさに私は目を丸くした。例えば…
やられてもお金が半分になるだけ!?
最初っから目的地が見えてる!
街の人たちがちゃんとヒントくれる!
優しい。それはもう、のび太のおばあちゃんぐらい優しい。
のび太のパパが「部長がね、すごくいじわるな部長がね、ぼくのこといじめるの」と思わずベソをかきだしてもおかしくないほど優しかったのだ。
今の基準からすれば、ドラクエⅠもかなり厳しくて不親切だと思うかもしれない。
だがドラクエは、当時の私にとってはとてつもなく優しく感じられたのだ。シナリオも、システムも、キャラグラフィックも、音楽も、何もかも。
そしてそれは、1987年にイースが「RPGは優しさの時代へ」のキャッチコピーと共に登場する1年も前のことだったのである…。
#ドラクエ
「熱血高校ドッジボール部」は、熱血硬派くにおくんというコンテンツにとって非常に重要な作品であると思っている。私が主にプレイしていたのはファミコン版だったので、これを元にその重要性を紐解いていきたい。
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・ケンカ✕ドッジボール
本作はいわば、「ケンカとドッジボールの融合」だ。通常ルールと異なり、内野と外野は固定かつ内野は体力制。お互いの体力がなくなるまで殴り…もといボールをぶつけ合うのだ。
パンチやキックがシュートに置き換わったケンカドッジボール。初代くにおくんとは全く違うゲームでありながら、紛れもなく“くにおくんの血脈”を受け継いだゲームであることが感じられるのだ。
・世界観を広げたキャラクター
可愛らしく二頭身にデフォルメされたキャラクターは、くにおくんの世界を一気に親しみやすいものにした。スピンオフだからこそ出来たことかもしれないが、この方向性は大正解だったと私は思う。
初代のバイオレンスに溢れた世界観から、キュートになったツッパリキャラがドッジボールをするという180度異なる方向に舵を切ったことで、子供たちにとって非常にとっつきやすく、(保護者にも)安心できる内容になったからだ。
これによりくにおくんは、初代のカッコよさを受け継ぐリアル系と、親しみやすいデフォルメ系といった複数の系統を持つに至り、作品展開の幅がさらに広がったのである。
・キッズ垂涎の必殺シュート
少年スポーツマンガに欠かせない魔球や必殺シュート。このゲームにも多くの必殺シュートが設けられている。蛇行したり、相手を貫通したり、分裂したり、消えたり、キッズたちがヨダレを垂らす必殺シュートが満載なのだ。
当たった時は超爽快、当てられた時は超くやしい。良い意味で非常にゲームっぽいこの要素は、ケンカドッジボールというスタイルに完璧にフィットしていたと思う。
・世界をまたにかけるくにおくん
初戦の花園高校に勝つと、次からは世界各国のチームと戦うことになる。日本の不良高校生であるくにおくんたちが日本を飛び出して暴れ回ることが出来るのは、このゲームの世界観ならでは。個人的には、打たれ強いインドチームが印象に残っている。
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「熱血高校ドッジボール部」は、ケンカスタイルをしっかりキープしつつもバイオレンス性は抑えるという離れ業を見事にやってのけ、くにおくんというコンテンツが持つ可能性を大きく拡大することに成功した。
本作により、熱血硬派を貫きながら親しみやすさも獲得したくにおくん。その後の大躍進を見るにつけ、本作が果たした役割の大きさに感嘆せざるを得ないのである。#レトロゲーム
ある日、「パラッパラッパー」のディスクが読めなくなった。クリーニングしても、何をやっても読めない。「仕方ない。もう十分に楽しんだし廃棄するか……」と何気なく呟いたら、急に読み込みが始まった。きっとただの偶然なのだろうが、以来私は何となくこのゲームを手放せなくなった。
ゲームの話題ではないが、もう一つ。私がいま乗っている車は結構年季が入っているが、特に大きな問題もなく走れている。しかし車検代や税金が上がってきたので、買い替えることにした。
だが、買い替えると決めた途端にエンジンの調子が悪くなり、ドアも変な音を立てるようになった。なんだろう、これは。今まで調子良かったのに。まるで車が落ち込んでいるかのようだ。
ゲームのディスクも車も無機物だ。心なんてない。私はスピリチュアル系や心霊現象も信じていないし、特定の宗教も持っていない。
でも一方で、パラッパのディスクを何となく手放せない自分や、車が落ち込んでいるかのように思ってしまう自分もいる。
頭では分かっていても、幼い頃から染みついているこの感覚は捨てられないのだ。あらゆる物に魂が宿っているかもしれないという感覚を。
だから私はゲームを手放す時は必ず「今まで本当にありがとうね」とそのゲームに声をかけている。変な奴と思われないように、小声でだけど(笑)
#レトロゲーム
セガサターン版「バーチャファイター2」を今も持っている。
これがあればPSに絶対勝てると思っていた。
負ける訳がないと思っていた。
みんなこっちに集まると思っていた。
そうはならなかったが、そう思わせるだけの凄みがあった。その凄みには、いま持って一片の曇りがない。
「PasocomMini PC-8801mkⅡSR」が出るまでの間は、これがあるから耐えられる。ちなみにWindows11でも、ちゃんと走りますよ!#レトロゲーム




























