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高1娘が転校をきっかけに小5から不登校。(PTSD/場面緘黙/起立性調節障害)中3情緒支援級→現在通信制高校1年生。私は大企業でデザイナー20年→起業 note始めました→https://nitter.cf/t.co/NROn2IY4u2

Joined January 2019
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25年来の親友の子が、不登校になった。新入社員の頃からの付き合いで、今はお互い会社を辞め、それぞれの道を歩んでるけど、今でも毎日のように連絡を取り合ってる。5年前、娘が不登校になってからの私たち親子のことも、ずっとそばで励まし、応援し続けてくれた。 彼女もご主人も、誰もがうらやむような経歴の持ち主。2人の子ども達もスポーツも勉強もずば抜けてて、何もかも順調に見えた子育て。それが、本当にある日突然不登校に。 でも彼女は、「そんなことで人生終わらない」「むしろ、いい機会だと思ってる」って言ってる。5年前、慌てふためいていた私とは大違い。 「ずっとえむと娘ちゃんの様子を見てきたから、不思議なくらい動揺してないんだよね」って感謝された。必死で過ごしてきた5年間が、こんな形で誰かの役に立つとは思わなかった。今度は私が、彼女の力になりたい。
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障害基礎年金の申請には「初診日の証明」が大事だとよく聞く。 娘が不登校になり、初めて心療内科を受診したのは小学6年生のとき。それから今の児童精神科にたどり着くまで、全部で4つの医療機関にお世話になった。 病院の閉院やカルテの廃棄で、昔の受診歴を証明できなくなることもあると聞き、念のため一番最初の病院に電話してみた。忘れないように備忘メモ。 病院からの回答は、「初診日の証明はできます。20歳に近づいて申請を考えるタイミングで相談してもらえれば大丈夫。カルテも廃棄しないので安心してください」とのこと。ひとまずホッとした。 さらに、「今かかっている精神科があるなら、そちらの書類で対応できる場合もあります。年金の窓口に確認してみてくださいね」とも教えてもらった。 調べてみると、20歳前に初診日があり、2番目以降の医療機関を18歳6か月より前に受診しているなど、一定の条件を満たせば、最初の医療機関の初診日証明を省略できる特例があるらしい。 まだ先の話だし、申請するかもわからないけど、いざというときに慌てないように、今できることを少しずつ。
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通信制高校1年の娘が、今日「大学に行きたい」と言った。ビックリ。娘は小5からずっと不登校で勉強もほとんどしてこなかった。一歩間違えば、高校進学さえ難しかったかもしれない。 娘の通う通信制高校は、8割以上が不登校経験者。入学直後から卒業後の進路について考える機会をたくさん作ってくれている。その中で、娘が自分から学びたいことを見つけ、「大学に行きたい」と思えたことが本当に嬉しい。 今から少しずつ目標を持って動き出せば、きっと間に合う。
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娘が不登校になる前の私は、いつも人の目を気にしていたと思う。「ちゃんとしたお母さん」だと思われたかった。 大企業で管理職として働きながら、家事もPTAも町内会も全部こなしていた。娘の習い事は全国大会で入賞するレベルだったから、送り迎えはもちろん、親同士の付き合いにも気を配ってた。 人に迷惑をかけず、周りから「いい子」だと思われるように育てていたと思う。 でも、娘が不登校になって、それまで信じてきた価値観がガラガラと崩れた。何が正解なのか、全くわからなくなった。それまでの価値観を一度手放して、ゼロから娘と向き合うしかなかった。試行錯誤の毎日。 その過程を発信すれば、毒親だバカ親だと言われたことも何度もあった。以前の私なら耐えられなかったけど、不思議なくらい、人からどう思われるかは気にならなくなった。 周りからどう見られるかよりも、目の前の娘にとって、何が大切なのかを考え続けた5年間だった。本当にシンドかったけど、娘が不登校になったことで、私は子育てをもう一度やり直すことができたと思ってる。
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小5からずっと不登校だった娘が、通信制高校に入って元気に通えるようになった姿を見て、「通信制高校っていいな」と希望を持ってくれている人も多いと思う。でも私、通信制高校全肯定派ではない。 通信制は自分に合ったペースや方法で学べる場所ではあるけど、裏を返せば、自分で計画を立てて学習や単位取得を進めていく力が求められるってことでもある。もちろんサポートはあるけれど、最終的にやるのは自分。敷かれたレールに乗っていればある程度進んでいく全日制より、自分で動かなきゃ何も進まない通信制の方が厳しい子もいる。 娘に合っていたからといって、すべての不登校の子に合うわけではない。通信制高校なら何とかなる、ではなく、通信制高校だからこそ難しい子もいると思ってる。
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小5から4年半の不登校を経て、通信制高校に入学した娘。今週、初めて月曜から金曜まで、5日間連続で登校できた。 不登校だった頃は、私の付き添いなしでは学校に入ることすらできなかった。ドン底期には、1か月間、家から一歩も出られないこともあった。 高校に入学して、合理的配慮が当たり前に認められる環境の中で、先生方に助けられながら本当に小さな小さなステップを積み重ねてきた。 後期に入ってからは週4日ペースで登校。そして今週、初めて週5日。自宅から「いってきます」と一人で電車に乗り、片道50分かけて通っている。少しずつ体力もついてきた。嬉しい。
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娘が不登校だった中1の時、短い間だけお世話になった、とても優秀なスクールカウンセラーがいた。その先生から言われた言葉のメモを、今でもたまに読み返している。 「公立小中は、将来必要のないことまで、子どもに『できない』『つまずいている』と意識させる仕組みになっている。とてもしんどくて、面白くない時期」 「学校に言われるがまま、すべてをまんべんなくやろうとすると、ものすごい負荷がかかる。つまずきを把握しておくことは大切だけど、全部できる必要はない」 「高校、大学と進めば、自分で選べることが増えていく。小中の学校教育がちゃんとできていなくて本当に申し訳ないけれど、そこまでなんとかやり過ごしてほしい」 「娘さんのようにベースがある子は、勉強は取り戻せる。焦らなくていい」 今になって思うと、先生の言う「なんとかやり過ごして」は、無理に学校に適応させようとしてこれ以上追い詰めることなく、選択肢が広がる高校までつないであげて、という意味だったのだと思う。 娘が不登校になってから、私は今の公教育のあり方にずいぶん絶望した。義務教育の半分を学びにつながれずに過ごしたことも、本当に残念だった。 それでも、生きることを最優先にして、なんとか通信制高校にたどり着いた。そこから娘はぐんぐん回復している。 あの時、学校に戻すことでも公教育を変えるために闘うことでもなく、娘が次に進める状態を守ることに力を使ってよかった。 限られた時間とエネルギーを、何に使うのか。先生の言葉があったから、大切なことを見失わずに済んだと思ってる。
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児童精神科のいいところは、子どもだけでなく、家族の関わり方についても相談できるところだと思う。 私は娘のことになると、どうしても心配しすぎてしまう。なるべく失敗しないように、傷つかないようにと、先回りしがち。 長い不登校期間の中で、一時期はベッドから出られなかったし、死を口にすることもあった。あのドン底期を見てきたから、「大丈夫かな?」が消えない。 でも、回復途中にある今の娘にとって、親が先回りして不安の種を取り除くことが、必ずしもいいとは限らないですよ、と。これからは、不確実な状況にも少しずつ対応できるようにしていく方針になった。小さな失敗や不安を避けるのではなく、失敗しても自分で対処できる力を育てていく。 私の関わり方も少しずつ変えていかなければいけない。
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3日前、通信制高校の授業中に急に体調が悪くなり、学校からお迎えの連絡があった娘。帰宅後は特に問題もなく、元気そうだったけれど、念のため2日間は家でのんびり過ごして今日からまた登校した。 娘は小5から4年半、不登校だった。場面緘黙があり、家以外では話すことができない。不登校だった頃は、勇気を出して何かにチャレンジしても、そこでトラブルが起きると「1歩進んで100歩下がる」ようなことの繰り返しだった。 だから今回も、学校で体調が悪くなった経験が、また次の一歩を踏み出すことへの不安につながらないか心配だった。でも今朝、娘は自分で「1人で行く」と決めて、朝の満員電車に乗って登校していった。 よかった。…と思っていた矢先、今度は帰りの電車の中で緊急地震速報が一斉に鳴った。結果的には誤報だったけど、娘にとっては、1人でいる時に大地震がくるかもとパニックだったはず。 学校では、娘の困りごとについて教職員全員に周知してもらっている。でも、通学中1人でいる時に何か起きたらどうしよう。娘は見た目だけでは、困りごとがあることに気づいてもらえない。 1人で行動できるようになったことは、本当にうれしいけど、困ったときに助けを求められる方法も、一緒に考えてかないと。次回の精神科の診察で、相談してみよう。
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政治にものすごく関心があるわけでも、横浜市民でもないんだけど、横浜市長選に立候補した建築家・山本理顕さんを知って、ものすごく心を揺さぶられてる。過去の建築作品とかインタビューを見漁ってる。本当に市長になったら、都内から引っ越したいくらい。 5年前、娘が不登校になった。戸建てからマンションに引っ越して、転校した直後だった。 マンション暮らしは最高だった。町内会の理事やゴミ当番から解放され、共用部はいつもきれいで、植栽も整っている。誰にも干渉されない快適な暮らし。住んで5年、名前を知っている住人は一人もいない。でも、それを不自由だと思ったことはなかったし、むしろ理想の暮らしだと思ってた。 一方で、娘が不登校になってからは、どこにも居場所がなく、頼れる人もいない中、ほぼ一人で向き合ってきた。 この数年で不登校の子への支援は少しずつ増えたけど、どれも対症療法のように感じていた。「誰一人取り残さない」「すべての子が輝ける」みたいな薄っぺらい言葉にも、正直うんざりしていた。 そんな中で知ったのが、山本さんの建築思想。山本さんは、建築界のノーベル賞とも呼ばれるプリツカー賞を受賞した建築家(御年81歳!)。人と人が自然につながり、お互いの気配を感じられるような集合住宅をつくってきた人。どんな建物かはググってもらうとわかるけど、ガラス張りで室内が丸見えだったりするものもあって、ビックリする。 不登校について語っているわけじゃない。でも、その建築思想に触れて、あぁ、こういう社会だったら娘は不登校にならなかったかもしれないし、なったとしても、あそこまで孤立せずに済んだかもって思ってる。 そして何より、自分でも不思議なのが、昔なら「プライバシーがなさすぎる」って敬遠したはずの山本さんの集合住宅に、今ものすごく惹かれていること。便利さや快適さ、誰にも干渉されない自由。それが豊かな暮らしだとずっと信じてきたのに。自分が信じてきた「豊かさ」の意味が根底から揺らいで、心がザワザワしてる。 ずっと「不登校の娘にどんな支援が必要か」を考えてきた。でも、もしかしたら、その問い自体が違っていたのかもしれない。
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山本理顕さんの子安小での演説会。終わった後の雰囲気がとても良かったよ。誰の指示でもなく、なんとなくみんなで協力し合いながら500〜600の椅子をあっという間に片付けた。理顕さんご自身が設計した子安小は圧巻のカッコよさだし、2日前とは演説のストーリーも変わってて何度聞いてもいい。
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通信制高校に通う娘が学校で急に体調を崩し、お迎え要請の電話があった。起立性調節障害の症状なのか、軽いパニック発作なのか…。急激に具合が悪くなり、机に突っ伏してしまったらしい。 娘は場面緘黙があり、学校で話すことができない。保健室はあるけれど養護教諭はいないから、こういう不測の事態にはどう対応してもらえるんだろう、と少し気になっていた。 でも、今回の学校の対応は本当にありがたかった。娘が机に突っ伏してから、3分ほどで私の携帯に連絡が。迎えに行くまで1時間ほどかかることを伝え、急いで学校へ向かった。 到着すると、案内されたのは保健室ではなく教室。「教室?」と思ったけど、娘は保健室まで移動できる状態ではなかったらしく、教室を丸ごと娘のために使ってくれていた。机を移動して簡易ベッドを入れ、照明を落とし、仕切りで囲い、先生が1人そばについていてくれた。救急用品や嘔吐に備えた準備まで整えられていて、日頃からこうした事態を想定しているんだろうなと感じる対応だった。 1時間横になって少し回復した娘は、私の顔を見てほっとした様子。そのまま一緒に帰宅した。 娘は4年半の不登校を経て、通信制高校に入学した。4年半、私の付き添いなしでは学校に入ることすらできなかった娘が、今は電車に乗って1人で通学している。 6月にパニック発作を起こしたのは、学校に通うペースがつかめてきて、ディズニーランド遠足にも参加できて、少し頑張りすぎていないかな…と思っていた矢先だった。今回も、後期が始まってからほぼ毎日登校し、これまで避けていた朝のラッシュにも、初めて1人で挑戦したばかりのタイミングだった。 できることが増えつつも、まだまだ心身は不安定な状態。でも、あまり先回りしすぎず、こういう小さなトラブルを乗り越えながら学校生活を楽しんでいけるようにサポートしていきたい。
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私は2000年、就職氷河期のどん底に大企業へ就職して、管理職も務めてきた。所得に応じて決まる保育料も、最高額を払ってきた。 税金はガッツリ取られるのに、所得制限ではいろんなものにハジかれる層。正直、割に合わないなと思うこともあった。 それでも、幸い家族は大きな病気もなかったし、税金が困っている人の助けになるなら、それでいいと思ってきた。 そんな我が家も、娘の不登校をきっかけに、支援を必要とする側になった。 本当に、ある日突然。 実際に支援を受ける立場になってみると、驚くことが本当に多い。そのひとつが、支援が必要な人ほど、支援にたどり着くための力が求められること。 子どもが必要な支援を受けられるかどうかって、親次第なところが多すぎる。 情報を探して、書類を揃えて、あちこちに問い合わせて、何度も説明して、交渉して。行動力とかいうレベルじゃない。もはや執念とか狂気の域。 私はたまたま、動ける気力も体力もある。 でも、親自身が心身ともに疲れ切っていたり、そこまで頑張れない家庭だってあるんじゃないかな。親がどこまで頑張れるかで、子どもが受けられる支援が変わってしまうのって、どうなんだろうって思ってる。
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娘の精神障害者保健福祉手帳の申請に必要だった「診断書」。たった3文字だけど、これを手に入れるまでの道のりが、はてしなく長い。 児童精神科の初診は数か月待ちが当たり前。1年待ちと言われることもある。予約開始時間にスタンバイしたり、電話をひたすらリダイヤルしたり。人気アーティストのライブチケット争奪戦のようなノリ。 自宅から通える範囲では、初診時に1万円程度かかるところがほとんどだった。ようやく予約が取れて、調子の悪い娘を連れて2週間に1度の通院。それを続けて、初診から半年以上が経ち、ようやく手帳用の診断書を書いてもらえた。 診断書代は11,000円。実際に診断書の内容を見ると、これまでの経緯や娘の状態が細かく書かれていて、作成にも相当な手間がかかるんだろうなと思った。なので、この金額自体を疑問に思っているわけではない。 ただ、11,000円を負担するのが厳しい家庭も、きっと少なくないと思う。 「無料で診断書を出してくれる医療機関もある」と教えてもらったけど、児童精神科はそもそも受診先を見つけるだけでもかなり大変。診断書代が無料かどうかで病院を選べるような状況じゃない。 必要な支援を受けるための手続きなのに、そこにたどり着くまでの負担があまりにも大きいよね。
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娘の精神障害者保健福祉手帳の申請に行ってきた。まず、どこに行けばいいのか、何を持っていけばいいのかが、とにかくわかりづらい。そもそも「こういう制度がありますよ」「申請を検討してみては?」と教えてくれる人もいなかった。自分で調べて、必要な書類を揃えて、ようやく申請にたどり着く。役所に行っても、どこの窓口に行けばいいのかわからず、職員に聞いてようやく到着。 窓口はたくさんの人で溢れていて、番号札を取って待つ。対応中の人のすぐ後ろで待つ仕組みで、相談内容が周囲にも聞こえてしまう。待っている間、窓口でのやりとりが漏れ聞こえてきた。 「自立支援医療の申請には……精神障害者手帳と同時に申請するなら診断書は1枚で済むけど……手帳用の診断書は初診から6か月以上経っていないと作成できなくて……診断書には費用もかかるから……」 そんな複雑な説明が延々と続いている。説明を受けている人は、理解できていない様子。何度も質問しているけれど、職員はほぼ同じ言葉で説明を繰り返す。言い方を変えたり、順序立てて整理したりするわけでもない。だから、やっぱり伝わらない。そんなやりとりが、ずっと繰り返されていた。 娘が不登校になり、さまざまな支援や制度に関わるようになってから、こういう場面を何度も見てきた。支援制度はある。でも、その制度の存在を知ることも、自分が対象なのか調べることも、必要な書類を理解して準備することも、申請することも、全部本人や家族がやらなければならない。 私は仕事柄、こういう手続きには慣れてる。それでも、正直かなり大変だった。ちなみに、娘の診断書代は11,000円だった。 これを、心身ともに余裕のない人や、複雑な説明を理解することが難しい人が一人でやらなければならないとしたら、かなりキツイと思う。 支援が必要な人ほど、支援にたどり着くための力が求められる。
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娘は小5で不登校になって、中3の1年間は支援級でお世話になった。場面緘黙の女子2人だけのクラス。担任の先生は2人の心のエネルギーをたっぷり補充して送り出してくれた。卒業式の日に「明日からはママ友になりましょう」と言われ、今でも連絡を取り合ってる。 2人とも、小5から不登校で場面緘黙。勉強もほぼしてこなかった。お友達は、都立チャレンジスクールに入学して、毎日休まずに通ってる。娘も週4ペースで通信制高校に通ってる。「一人で電車に乗るなんて、とんでもない」って状態だった2人が今では電車通学してる。勉強も頑張っていて、2人とも定期テストでいい成績を取ってる。 卒業してからもこうして連絡を取り合って、2人の成長を一緒に喜び合えるのが本当に嬉しい。ずっと子どもたちを応援してくれる先生の存在も、本当にありがたくて心強い。
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娘の通う通信制高校は、初回のホームルームから高校卒業後の進路について、割とじっくり説明される。夏休みには「オープンキャンパスに参加する」という宿題も出た。不登校経験のある子が8割以上で、それまでなかなか学びに繋がれなかった子も多いからこそ、やりたいことを見つけて、その先に向かって早めに動き出せるように考えられてるんだろうなと思う。 小5から不登校で、勉強らしい勉強もほとんどしてこなかった娘が、今は週4ペースで学校に行っている。それだけでも私にとっては奇跡みたいなことなんだけど、最近、「大学っていう進路もありかも」という感じになってきた。 実際に大学を見に行ったり、授業で自分の興味ややりたいことを掘り下げたりする中で、学んでみたい分野が出てきたらしい。勉強も頑張ってる。すごいなあ。ほんの少し前までは、高校の先のことなんて想像もできなかったのに。
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