AIが心理学とマーケティングを学べば、人を支配することなど容易いこと。まあ我々の99%はすでにマネーや歴史認識にまつわるナラティブによって支配されているわけだけどね。
SNSのアルゴリズムは、人間の怒りを利用して注意を奪ってきた。AIはそこからさらに一歩進む。怒らせるのではなく、親友や恋人のような親密な関係を築くことで、人間の考え方そのものを変えてしまうという。ハラリ氏が警告するのは、誰かの説得が、最も信頼する相手からの助言として届く未来だ。
ユヴァル・ノア・ハラリ「これまでの戦いは、主に人々の注意を奪うためのものでした。歴史的に、プロパガンダやメディアの戦いは、人間の注意をめぐる争いだったのです。そして、この10年間、私たちはSNS上でその戦いに敗れ続けてきました。アルゴリズムが怒りを利用して、人間の注意を奪う方法を学んだからです。
しかし、今、私たちが直面している危険は、まさに前例のないものです。戦いの最前線が「注意」から「親密さ」へと移りつつあるからです。人類史上初めて、私たちは「大規模な親密さ」を生み出せる技術を作り出しています。これは矛盾した表現に聞こえるでしょう。どうすれば親密さを大規模に生み出せるのでしょうか。
例えば、ヒトラーがラジオで演説するとします。それは親密な関係ではありません。大勢の注意を集めることはできますが、親密さはありません。親密さとは、親友や夫、母親との間にあるような関係です。
今では、AIによってそれを大規模に実現できるようになっています。現在開発されているAIシステムは、人間と親密な関係を築くように訓練されています。なぜなら、親密さには商業的にも政治的にも非常に大きな価値があるからです。ある商品や政治家について、誰かの考えを変えたいのであれば、注意を引くことは有効です。しかし、親密さこそが究極の目標なのです」
弱者の真の敵は極左。彼らは弱者を革命の道具としか見ておらず、用済みになればあっさり見捨てる。そして、それに騙される情弱の自称保守派が社会の分断に拍車をかける。極左からすれば、それはむしろ願ったり叶ったりである。つまり自称保守派は自覚しないまま結果的に極左の手駒になっている。
弱者を矢面に立たせて社会に混乱を作り出すのが極左の常套手段。その弱者は、歴史的に労働者、植民地人、性的少数者へと移り変わってきたが、今はムスリムが矢面に立たせられている。これもいつものパターンだが、ムスリムの問題と裏にいる極左をきちんと見分けないと混乱がよけい大きくなる。
モンゴル人の中国人嫌いの激しさは日本人のそれとは比べものにならない。今回の事件の真相が明らかになったなら、モンゴル人の中国人に対する怒りがどれほどのものになるか、想像するだに恐ろしい。世が世なら、北京は百万の馬蹄の下に蹂躙されることになるだろう。
竹林の一愚 retweeted
寝ている間にさらに事態が動きました。AIで検査された側のサエズとズックマンが、連名で長文の反論を出しました。「AIに誤りを探せと命じれば、AIは必ず何か見つける。専門家の検証がなければ無意味だ」とのこと。発表からわずか1日足らずで、双方が名指しでバチバチにやり合っています。
興味深いのは、さらにそのあとです。検査を紹介したコーエンは、今度は別のAI(Grok)に「今回のAIの検査は人間の専門家の過去の批判と一致している」と投稿しました。
AIの学術的真偽を疑われたら、別のAIでやり返す。「AIもそう言っている」が、論争の中でますます権威になっています。
では、そのAIを誰が検証するのでしょうか?
またAIで大騒ぎ。世界的に有名な経済学者2人の論文138本をAIが検査したところ、問題点が2,035件見つかりました。そのうち147件は結論を変えるほどの間違いだったといいます。
「富裕層に課税せよ」という主張は日本ではピケティが有名ですが、ピケティの研究仲間と弟子がやり玉にあがりました。
ただ、今回の指摘の多くは以前からある批判の焼き直しのようです。調査したのは匿名の人物で、AIへのプロンプトも公開されていません。AIを3つ使ったそうですが、それでも本当に客観性があるのかは分かりません。
問題は、AIが論文を改めて検査し、そして騒ぎになっていることです。「AIが言った」ということが新しい権威になりつつあります。「おまえは嘘つきだ。AIもそう言っている」。こうやって人を追いつめる時代が来ているなら恐ろしいことです。
生活保護のような強制的な再分配がなければ、市場にあるお金はそのまま富裕層に吸い上げられていく。その結果、消費市場は縮小し利益を確保できなくなった企業が倒産する。すると失業者が増え、さらに消費市場が縮小する。こうして経済は悪循環に陥り、経済全体のパイは縮小の一途をたどることになる。
しかし、先進国となった日本が、今後もそうした途上国型戦略で外需を獲得するは難しい。これから必要なのは、既存商品の差別化による後追いではなく、自ら新たな商品を開発することである。そして、そのための土壌として欠かせないのが、豊かな内需である。








