元・大向うの堀越さん retweeted
大星由良之助の強さというものをまざまざと感じています
塩冶判官と目を合わせる瞬間は、時間にすれば8秒くらいでしょうか
その瞬間を胸に刻み、討ち入りまで生き抜いた由良之助の生き様を感じます
これは批判ではなく、単なる疑問です
忠臣蔵の三段目…喧嘩場で加古川本蔵が屏風の影から若狭之助に手を合わせる場面
今月の橘太郎さんは指を伸ばして、いわゆる拝む🙏ようにされるのですが、
他の方で、手を握り合わせる形のやり方も何度か見ておりまして
個人的な好みだけなら後者なのですが、このような細かいところにも役者さんごとの主張や口伝があるのかなぁ…と思いまして
思い出補正もあるとは思いますが、私が生の舞台で見ることが叶った中では、十代目坂東三津五郎襲名のときの「寿曽我対面」が、マイベスト対面でした
あんなに全員がニンにドンピシャだった対面は、ちと思い出せないと言う意味で
元・大向うの堀越さん retweeted
本日の、九團次丈&関容子さんのイベントは、盛況の為会場を変更致しました。急なお知らせお詫び申し上げます。
お部屋4階401です。
⭐️萬年堂にお越し頂ければご案内いたします。
仮名手本忠臣蔵 六段目(やや長文です)
この話だけは、共有させていただいても良いかなということで─というか、残しておかないといけないレベルの貴重なお話─先日の菊太郎さんのトーク(萬年堂さん主催)における『女衒の源六』についての芸談です
歌舞伎会・稚魚の会合同公演で菊太郎さんが源六を勤めたおり、稽古をご覧になった七代目菊五郎旦那から“源六はもっと引っ掻き回さないと”と一言
菊太郎さんは、旦那の言葉を次のように理解されたそうなのですが、それが素晴らしく…
源六は、勘平たちの思いや家庭内の事情はどうでもいいのだから、お軽や勘平が悲しそうにしていようが、動揺していようが、その芝居には一切引きずられてはいけない、と
そう言われて、例えば橘太郎さんの源六を思い出すと、カラッと明るくてまったく勘平一家の悲劇とは関係がなくて、ただもうお軽を無事に店に連れて行ければいいし、あの場に全く飲み込まれることなくアッケラカンとしていたなぁ…と
もし源六がお軽に同情するような雰囲気を見せてしまったら、六段目の前半はずいぶんジメジメしてしまうだろうと改めて気付かされた次第です
そう思うと、昨日の亀蔵さんも、まさにそんなカラッと明るい源六でしたねぇ♪
仮名手本忠臣蔵 七段目
お軽のいる二階は、中二階というか、数段上にあるだけの部屋に見えますよね
あれは、それぞれの役の動きをよく見えるようにするためのものだと思っています
浄瑠璃の詞章だけ読むと
『余所の恋よと羨ましく、おかるは上より見下ろせど、夜目遠目なり字性も朧ろ、思ひ付いたる延べ鏡、出して写して読み取る文章、下屋よりは九太夫が、繰り下ろす文月影に、透かし読む』
ですから、構造としては添付みたいな感じなのだろうと考えています
こうしてみるとお軽、由良之助、九太夫が三層になり、由良之助は上と下から挟まれるように手紙を盗み読まれていたのもハッキリ視覚化され、なかなかドラマティックな感じもしませんか?
とはいえ、これを実際の舞台で再現すると、二階の様子は、三階席からはほとんど見えなくなってしまいますから実現不可能なのですけれど
五段目の勘平に関して、ふと思ったことがありまして
今回の仁左衛門さん式や、かつて坂田藤十郎さんがした上方式だと、鳥屋から銃声がして定九郎が倒れ、『猪撃止めしと勘平が』で駆け出てきます
五代目菊五郎からの音羽屋型は、花道を駆けてきて止まると同時に鉄砲を一発撃って形がきまります
ここは「二つ玉の強ぐすり」の解釈の違いだと説明されてます
上方は「玉は一つで、火薬が二倍」、音羽屋型は「玉が二発」と
でもね、こんなんどう考えても「玉は一つで火薬が二倍」ですよね
で、思ったのは五代目菊五郎は、ただ駆け出てくるより一発鉄砲を撃ってきまる方が目立つしカッコいいとシンプルに思ったんじゃないのかなと
でも、それじゃ目立ちたがりみたいだから、やや無理押しして「二つ玉」と言ってるんだから玉は二発だろう、ということにしたのかも?なんて
私は、その方が人間らしいし、役者らしくて好きですけどねぇ
十一段目、由良之助が完全に引っ込んでから服部が幕を閉めるのって、あまり記憶になく
もうこれって、幸四郎さんと若手一同の梅玉さんへのリスペクトですよね
そして何より感動したのは梅玉さんの、若い役者たちの背中を見送る目のお優しいこと!
なんか勝手に「これからの忠臣蔵、そして歌舞伎の未来を君たちの手に託すよ」と、梅玉さんが言っているような気がしまして
なんで美しい幕切れなのか、と








