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【お知らせ】
『新しい「古典」を読む 4』finalvent著が、今日、2025年11月10日、ついに発売されました。
『新しい「古典」を読む 4』
amazon.co.jp/dp/B0FYGVYY4L
この巻は、著者自身が言うのもなんですが、圧巻という感じです。自分が書いたものとはいえ、10年も前に書いたので、かなり距離感もあり、離れた目で読むのですが、これは、けっこうとんでもない代物だなあ、と他人事のように思いました。
これで4巻シリーズは完結です。
悲願達成という感じがします。
率直なところ、これが実現される日が来るのとは思わなかったです。すでに原稿があるのだから、版組すればいいじゃないかと簡単に思ってた自分を殴ってあげたいです。編集に苦慮されたバンディット(BANDIT)さん、ありがとう。ここまでできる編集者はいないよ、すごいよ。
これを祝してということでもないのですが、池袋ジュンク堂で、文芸評論家の仲俣暁生さんとトークイベントをします。
honto.jp/store/news/detail_0…
参加費2000円と映画なみのお値段ですが、たぶん、珍しい機会、そして、めずらしい話題になると思います。ぜひ、ご参加ください。
開催日時:2025年11月25日(火) 19:30~
開催場所:池袋ジュンク堂9F イベントスペース
来店トークイベント【19:30開演】
軽出版から考える 本を作ること・売ることの未来
仲俣 暁生(編集者・文芸評論家/大正大学表現学部教授)
finalvent(ライター・ブロガー)
坂田 散文(司会・編集者)
これだとノーミスで和訳するのは簡単でしょう。
The library has announced a special event. During the event, people will be able to read old books that are not usually available to the public. Some of these books are too damaged to read. They will not be available at the event.
「いつか父に会いたい」
父がどこにいるのか分からない、長い間会っていない、あるいは生まれてから一度も会ったことがない、といった状況でも自然です。特に、生き別れた父や、まだ見ぬ実の父に会いたいという文脈によく合います。
「いつか父と会いたい」
父との間に何らかの関係がすでに成立していて、その父と再び対面する機会を持ちたい、という印象が強くなります。
なぜこうなるかは私は日本語のネイティブスピーカーですか分かりませんね。かつ、言語学研究者てもありますが分かりません。
年をとって分かったことで、もっと早くわかっていたら良かったな ということの一つは、劣等感 っていうのはあまり意味がないということですね。
頭のいい人はいる、顔のいい人はいる、背の高い人はいる、まあ、いろいろ人というのはあるんで比べると 自分はなぜと劣等感を考える機会はあるんですけど、この手のものは比べてもあまり意味がないんですよね。
努力に意味がない、って言うんじゃなくて努力はそれらに見合うものじゃないっていうことですね。
努力っていうのはそれ自体の価値ですね。自分でちゃんと理解すればいいだけのことです。
ひらがな というのは基本は草書です。草書イコール ひらがなではないんですけれど。それでも、草書というものがわからないと、ひらがなは分からないんじゃないか っていう気がします。
まあそうは言っても、草書を知らなくてもひらがな は使えるわけですね。
お金があっても何に使っていいかわからないという人生を羨ましく思ったものですが、年を取ってみるとだんだん欲しいものがないんですね。
欲しいものがあっても自分には合わないというか、それがあるべき人生の季節が過ぎてしまったというか。
食べ物に顕著ですね。お金を出せば、それなりに美味しいものが食べられるんですけれど、食べて美味しいいっていう体験は若い人の特権かもしれませんね。
「良きサマリア人の例え」というのは色々な解釈があります。
私が気に入っているのは、これが「愛とは何か」と言葉で問われたことに対する点です。
つまり愛というのは、愛という言葉の問題ではないんですね。
先ほどの自分の返信も少し訂正します。
宮台真司は「善きサマリア人」を、〈理由ある利他〉ではなく〈理由なき利他〉の話として読んでいました。
つまりサマリア人は「遠くの人より、まず目の前の人を助けるべきだ」と優先順位を判断したのではない。誰を先に助けるべきか、戒律にどう書かれているか、そんなことを考える以前に、倒れている人を見て思わず助けてしまった。
しかもそれをしたのが、ユダヤ人から差別されていたサマリア人だった。
だとすると「遠い世界の子供を気遣う前に、まず目の前の人を」という教訓にするのは、むしろこの話から新しい戒律を作ってしまっているように思います。
「誰を先に愛すべきか」ではなく、そんな計算をする前に人を愛せるか、という話なのでは?
69歳まで生きてみて、自分が何であるかっていうのはさっぱりわからなかったですね。
とりわけ 才能があるわけでもなし、その割には一般的な人でもなかったような気がしますね。まあ一般的な人なんてないという考えもあるでしょうけどね。
誰かに分かってもらおうというのが空回りしてた気がしますね。
北野武の母というのはこういう面もあるんですけれど、特徴的なのはインテリだということですね。
1986年。
フライデー襲撃事件でビートたけしが逮捕された。
母・さきは報道陣に言い放った。
「あんなどうしようもないのは、
死刑にでもしてください」
息子をかばうどころか、
突き放した。
1994年。
たけしがバイク事故を起こした。
顔面に大怪我を負い、
生死の境をさまよった。
そんな息子に母が放った言葉は、
「死んでりゃよかった」
売れっ子になってからも変わらない。
母の日に花を持っていけば、
「花なんかいらない。金をよこせ」
たけしが稼ぐようになると、
何かにつけて金を要求した。
息子が逮捕されても突き放す。
死にかけても容赦しない。
成功すれば金を要求する。
少なくとも、
表から見えるさきは、
そんな母親だった。
1999年。
95歳になったさきは入院していた。
たけしが見舞いに行っても、
相変わらずだった。
病床でも金の話をする。
弱っても、この母親は変わらない。
やがて、たけしが帰ろうとした。
その時だった。
母の目から涙がこぼれた。
「ターチ……」
世界のキタノと呼ばれるようになった息子を、
子供の頃の呼び名で呼んだ。
「また来るから」
たけしがそう言うと、
さきはすぐにいつもの調子に戻った。
「今度来る時は、名前が変わってるよ」
葬式では焼香だけして帰ればいい。
最後まで憎まれ口だった。
病院を出ると、
姉が追いかけてきた。
「母ちゃんから預かってる」
小さな包みを渡された。
帰り道、
たけしが包みを開けた。
中に入っていたのは、
北野武名義の郵便貯金通帳だった。
記録は1976年から続いていた。
二十数年間。
残高は約1000万円。
母が、
「金をよこせ」
と言って息子から受け取ってきた金だった。
その金には、
全く手をつけていなかったという。
それどころか、
自分の年金からも金を足していた。
芸人なんて、
いつ仕事がなくなるかわからない。
武は金があれば使ってしまう。
そう考えた母が、
息子のために残していた金だった。
最後の入金は、見舞いのわずか1か月前だったという。
そして、もう一つ。
あのバイク事故。
「死んでりゃよかった」
そう言い放った母は、
誰にも言わず寒川神社まで出向き、
息子が助かるよう祈っていた。
1999年8月。
北野さき、95歳で死去。
たけしは葬儀でも、
いつものように笑いを取ろうとしていた。
記者会見でも、
芸人らしく笑わせるつもりだった。
ところが、
母親のことを聞かれると、
言葉に詰まった。
そして、顔を覆って泣いた。
「あんなどうしようもないのは、
死刑にでもしてください」
「死んでりゃよかった」
「花なんかいらない。金をよこせ」
最後まで、
優しいことを言う母親ではなかった。
たけしもまた、
素直に優しいことを言う男ではなかった。
あの毒舌も、
母親譲りだったのかもしれない。
よく似た親子だった。
母を亡くしたたけしは言った。
「お袋が死んでも、背中に乗っかっているような気がする」
「頑張って、いい仕事をしようと思う」
毒舌とユーモアで、
どんなことでもネタにしてきたビートたけし。
そんな男が、
母を亡くした時だけは、
冗談を一切言わなかった。
母ちゃんの死だけは、
笑いにできなかったのだ。
小林秀雄は晩年に近くなりというか 、まだ50代ですかね、ベルクソンに取り組んで、まあ失敗して
それから、本居宣長に取り組むようになったんですけど、これを 思想的に戦前回帰を見ることもできると思いますが、自分も 69歳になってみると物を考えるということは日本語で考えるということかなっていう気がするんですね。
いいえ、この言い方は拙いですね。
哲学などは別に日本語でなくてもいいと思うんですね。むしろそうでない方がいいかもしれないんですけれど、何かを考えていく時にどこかしら大和言葉のひびきのような無意識にとらわれますね。
本居宣長は考えるということを「かむかふ」うとしたんですね。
「交ふ」ですね。
ちやみにヘブライ語で「知る」は、
יֹדֵעַ
ですかね。
これも「交ふ」でしょうね。
人が考えるというのは AI とは違って この「交ふ」の感覚が伴うというが、やまとことばが問い返す感じてすかね。




















