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議員定数削減について、YouTubeにアップしました。
【議員定数削減】日本政治の劣化、極まれり!計算式云々ではなく、まず選挙制度改革によってどのような政治体制を目指すのかを議論せよ!
youtu.be/X68zFKJYel4
ぜひご覧ください。
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〇この時事通信のニュースでは、「「土俵づくり」異論置き去り 自民決着優先、高市首相の意向背景か」とのタイトル。
jiji.com/jc/article?k=202610…
【自民実務者の鈴木馨祐元法相は22日の与野党協議で、維新と掲げてきた45議席削減を31議席削減に縮小する案を提案。国民民主が19議席削減案を提起すると、削減幅ではこれ以上譲れないとしつつ、(1)比例中国・四国ブロックを統合(2)比例統一名簿方式を導入―の提案を受け入れた。
31削減を先の衆院選の結果に当てはめても、国民民主の議席は2しか減らないとの試算も自民から示されていた。国民民主の古川元久代表代行は「合格点だ」と満足そうに語った】
私は、このタイミングで自民党に助け舟を出すかのような国民民主党の対応には大きな疑問を持ってきたが、これまで一緒に選挙制度改革を進めてきた国民民主党の古川元久さんがどのような対応をするのかに注目してきた。まさか、選挙制度改革を置き去りにして衆議院の定数削減に賛成するはずがない。賢い古川さんのことだから、必ずやここで妥協することで次の選挙制度改革に繋げる仕組みを導入するはずだ、と。
【「定数削減は抜本改革までの1回限り」とする国民民主に対し、維新の藤田文武共同代表が「そういう認識は全くない」と不快感を示すなど、足並みをそろえたはずの3党からも不協和音が漏れる】
国民民主党の榛葉幹事長は、「抜本改革には時間がかかるため、それまでのつなぎとして、古川国対委員長の言葉を借りれば「ワンショット」でも方向性を出す必要があり、そこには理屈が必要だ」と記者に説明(国民民主党ホームページより)して、今回の自民党案を受け入れたといっている、しかし、今日発表された三党合意ではそのことは何ら担保されていない。
画像にあるとおり、三党合意に基づいて法案にするのは「記」以下の8項目で、これには三党は異論がないのだから、記事のようにたとえ「不協和音」が出ようが何の影響もない。国民民主党が言うような「定数削減は抜本改革までの1回限り」とするなら、合意文書の柱書にゴタゴタと書くのではないく、法案に定めるべき「記」以下の項目に「この定数削減は、任期中に選挙制度の抜本改革の結論が出る前に解散が行われた場合に限って行われること」などという文言が入れなけれならないが、それはない。定数削減は次の衆議院選挙のワンショットなどというのは、どこにも担保されていない。定数削減が先食いされるだけだ。
私は、今回の国民民主党の定数削減を巡る対応は、何がやりたかったのか現段階でまったく理解不能だ。定数削減法案がすんなり通ってしまえば、高市政権は選挙制度の抜本改革の結論を早期に出す意欲は失ってしまうだろう。この国会は定数削減法案と食料品消費税2年間限定減税法案の二つが焦点だが、二つの法案を天秤にかけていればさまざまな駆け引きのしようがあるが、このタイミングで先に定数削減法案で妥結してしまったらそのチャンスは失われる。仮に国民民主党が与党に入りたいのだとしても、維新がこのように異論なく合意してしまったらその機会にもならないだろう。国民民主党関係者に話を聞いても、みんな首をひねっていた。
やがて答え合わせがされるのかもしれないが、「対決より解決」と言っている割には、多くの国民にとっても何をしようとしているのか理解しがたい、これまで爽やかなイメージだった国民民主党らしくない対応だったのではないだろうか。
定数削減、国民民主党らしくない対応 - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月29日
archives.fukushima-nobuyuki.…
〇この臨時国会の一つの大きな焦点である衆議院の定数削減法案について、さまざまな動きが出始めています。
当初の自民・維新提出法案の定数45削減から、自民党は31削減案を提起し、国民民主党は19削減案。もっともらしい根拠を言っていますが、なにやらバナナのたたき売りのようになってきました。比例の議席配分も、ドント式からサンラグ式?修正サンラグ式?など、小難しい数式が乱れ飛んでいます。
でも、一体定数削減は何のために行うのでしょうか。それによってどのような政治体制を目指しているのでしょうか。なにか本質的な議論がすっぽりと抜けているように思われます。
そんなことを語っておりますので、ぜひご覧ください。
youtube.com/watch?v=X68zFKJY…
週一YouTube「衆議院の定数削減法案」 - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月28日
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〇福田康夫元首相のご逝去に際し、謹んでお悔やみ申し上げます。
私は小泉政権の内閣官房にいた時、当時の福田官房長官の謦咳に接していた。小泉政権は郵政民営化など横紙破りの過激な政策実行を行っていたように見られるが、実際には総理を支える福田官房長官が中心となって綿密に各役所や与党との調整を行い、青木幹雄参議院会長と私がお仕えした鴻池大臣などの参議院から内閣入りしたメンバーが各業界との調整を行う、オーソドックスで堅実な政権運営を行っていた。今の高市内閣とは、似ても似つかない政権運営スタイルだった。
私が担当していた構造改革特区は、各省の規制改革を促すための高度な調整が必要な政策であったため、当初福田官房長官自らに担当大臣になってもらいたかった。そのため、当時経済産業省にいた私たちは群馬県の太田市に足繫く通い、清水聖義市長(当時)に特区の推進役になっていただいて、地元から福田官房長官に政策の実現を訴えてもらったりした。
内閣改造で鴻池祥肇先生に特区担当大臣をバトンタッチしても、その時点で小泉政権の一番の目玉だった構造改革特区の進捗状況の報告に、私も上司と共に何度も官房長官室に足を運んだ。福田官房長官は情報漏洩に極めて厳格で、帰宅後には自宅の居間に番記者を上げて、官房長官室での会話がどのようにメディアに伝わっているのかをチェックしていた。口の軽い官僚は、すぐに出入り禁止になった。官房長官と話をできる役人は、原則としてトップの一人だけ。部下が補足説明に口をはさむことを嫌った。
でも、何度も足を運ぶうちに顔を覚えてもらい信用をいただけたのか、ある時から「これはどういうことなのかね」などと直接ご下問をいただけるようになった。そのうち財務省出身の官房長官秘書官を経由して、頻繁に上司を通さずにさまざまな情報収集の依頼や報告を求められるようになった。私が選挙に出るようになって、その教養の深さに目を開かされる時があったが、官僚時代にはこれほど実務能力が高く、謙虚に総理にお仕えする政治家はいないのではないかと思っていた。
ところで、私の亡き母は、かつて福田康夫氏とお見合いをしたことがあると言っていた。当時は、「政治家は弟が継ぐから自分は選挙には出ない」と言っていたという。母は「ジジ臭かったから断った」と言っていたが、私の父の方がジジ臭いので実際にはどうだったのかはわからない。ただ、福田官房長官のところに行く度に、母がこの人と結婚していたら、と変なことを考えてしまうこともあった。
日中関係がこれまでになく冷却化する中で、福田先生の中国との信頼関係は今こそ大切な日本の財産だった。とても悔やまれる。改めてご冥福をお祈りいたします。
news.ntv.co.jp/category/poli…
福田康夫元首相 - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月26日
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〇パラオから帰ってきたら、選挙の季節。
かつて議長選挙をめぐる大規模買収事件の「黒い霧事件」によって解散した茨城県では、県議会議員選挙が統一地方選挙前の12月に行われます。これから各地で同志たちの応援に走り回ることになります。
筑西市選挙区では、三澤隆一さん。今週末から市内各地で市議3期の実績の市政報告会を兼ねた決意表明をして回っています。子どもの頃苦労して育った三澤さんは、いつも弱い者の立場に立って自分より他人のために自然に行動する実直な方。定数2の現職二人に割って入る、「ちくせい有志の会」としての無所属での厳しい選挙。三澤さんの「人物」を広めて、必勝を期します。
桜川市選挙区では、大山和則さん。4年前の県議選では、現在8期当選の自民党県連幹事長の大物相手にわずか500票差の惜敗。今日の決意表明をするための懇談会には、子どもを連れた若い世代が多く集まっていました。前回の県議選に続いて、支えるのは私と同世代や一回り下の世代。県西地区で唯一過疎地域に指定されてしまった市として、現役世代や子育て世代が危機感を持って立ち上がりました。そして、今回は前回は相手陣営だった大塚市長がこちらに参戦してくれました。まさに呉越同舟。私も、みんなと一緒に一丸となって戦ってまいります。
茨城県議選の前には、11月15日投開票の松戸市議選が行われます。岡本ゆうこさんは、水戸の大成女子高出身の同級生。立憲民主党を離党しての無所属での3期目の挑戦です。為書を届けに行ったら、ご本人は不在だったので帰った後に仲間たちとの写真を送ってくれました。体調が万全でない中無所属での挑戦は不安いっぱいでしょうが、仲間を信じて戦い抜いてほしいと思います。私も応援に参ります。
今回の地方選挙は、福岡県議会でのかつての茨城県の「黒い霧事件」を思い起こさせる今時信じられないような議会の内部模様、簗大臣の税金を原資とする予算を私物化するかのような発言などが起きる中での選挙です。選挙とは何のためにあるのか、政治家とは何なのか、民主政治の根幹が各地で問われる選挙であると考えます。志を同じくする仲間の必勝に向けて、私も声を枯らして訴えてまいりますので、皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。
選挙の季節 - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月25日
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〇今回7年ぶりにパラオ共和国を訪問して感じたことは、日本との関係が薄くなっているのではないか、ということだった。
パラオは戦前は日本の委任統治領で、南洋庁が置かれた南洋諸島統治の拠点だった。当時パラオ人以上の多くの日本人が住み、混血も進んで、パラオ語には多くの日本語が取り入れられた。第二次世界大戦後は米国による信託統治が続いたが、1994年にようやく独立。日の丸と同じデザインの国旗となった。自治政府となってからの初代大統領のハルオ・レメリクも、独立時のクニオ・ナカムラも、名前で分かるように日系人だった。
そんなパラオに初めて訪問した時は、日本のようでいて日本ではなく、それでもところどころに戦前の日本がそのまま残されていて、時間と空間がバグる不思議な感覚に陥った。ペリリュー島での熾烈な戦いの前には、守備隊長の中川州男大佐が米軍上陸前にペリリュー島のパラオ人全員を本島になどに疎開させたことから、戦後のペリリューの人は極めて親日的で、日本の兵士たちの大部分が亡くなったことを共に悲しみ、遺骨収集にも協力的だった。
1枚目の写真は、ペリリュー島の大酋長(オバック)だった故イサオ・シゲオ氏の弟のヨウイチ・シゲオ氏と。イサオ氏の協力なくして日本の遺骨収集事業は円滑に進められず、その貢献は大だったが、残念ながら3年前に亡くなられた。名前でわかるとおり日系人で、お母様は八丈島出身のオキヤマ・トヨミさん。イサオ氏の息子のニヘイジさんともお会いしてきた。この一族は変わらず親日的であるが、日本語を多少話せる私の親世代の下の世代になると、学校で英語教育を受け、かつての信託統治領時代の名残で米国にビザなしで働きに行けることから、グアムなどの米領マリアナ諸島や米国を向いている人が多い。日本とパラオの間の特別な精神的な繋がりが薄くなっているように感じるのだ。
先の投稿でも記した通り、ペリリュー島に米軍が駐留して以降、米軍関連の事業で島は潤い、物価は上がり、日系パラオ人が経営していて遺骨収集の拠点となっていた宿泊施設も、米軍が泊まることとなってしまった。ペリリュー島に何人かいる酋長の一人は、米軍関係のビジネスを大々的にやっている。島の名所案内版はおそらく米国統治時代に作られたからなのか、戦前の日本人とパラオ人の良好な関係などの記述は一切なく、パラオ人は自ら戦闘を逃れてペリリュー島を離れたように書かれていた。パラオと国交を維持している台湾は、ソロモン諸島やキリバスのように中国の介入で断交されないように、500人に満たないペリリュー州の人口に不相応な立派な庁舎を建てたり、ピカピカの重機を寄贈したりしているが、お金の繋がり以上の繋がりはあまり感じられない。
パラオは小国とはいえ、4年に1度の大統領選挙がある民主国だ。政治家の性として、ペリリュー島にもある選挙の名残りについ目がいってしまう。争点は、米国との関係であることが多い。これだけ日本と歴史的、人的、文化的に強い繋がりを持つ国が、世代が代わって少しずつ日本との関係が薄れてっていいのか、私たちは「日本すごい」とか「外国人を追い出せ」とか内向きになるだけでなく、もっと真剣に考えなければならない。まずはパラオという日本のようで日本ではない不思議な美しい国に興味を持っていただき、訪れていただきたい。直行便で5時間足らずで行ける国だ。
パラオ共和国を訪問して感じたこと - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月24日
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〇衆議院の選挙制度を単なる数の議論に堕することは、究極の政治の劣化だ。
選挙制度は、政治体制そのものを規定する。現在の小選挙区比例代表並立の選挙制度は、政権交代のある二大政党・勢力の政治体制を目指したものであるが、現実にはそうならなかった。世界的にも保守・リベラルの二大政党・勢力の政治は大きく揺らぎ、そのような従来の政治の枠組み自体をそれらの国の国民は忌避している。
こうした中、衆議院の比例を減らすことがどのような政治体制を目指すことになるのか、という本質的な議論がほとんど行われていない。昨年の12月までは、私は選挙制度協議会の場で何度もその議論を呼びかけてきたが、真っ当な見解を出せる政党はなかった。
政治理念のよくわからない、単なる政治の道具にすぎないAIを振りかざすだけのチームみらいがサンラグ方式などという本質ではない妥協案を出してきて、それに応じた自民党が維新より甘い定数削減案を提案して、それに国民民主党が乗るような、安っぽい情けない選挙制度改革の議論を行っていれば、この国の政治はとめどなく堕落していくだろう。
一緒に選挙制度改革の議論を引っ張て来た国民民主党の古川元久さんが、まさかこんな議論に乗らないことを信じたい。
jiji.com/jc/article?k=202610…
選挙制度を単なる数の議論に堕してはならない - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月23日
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〇パラオから帰国したら、『月刊日本』11月号が届いていました。今号では、衆議院第一会派「中道」の国会対策委員長を務めていらっしゃる民主改革の会の後藤祐一さんとの対談です。私は後藤さんと官僚時代の約半分をコンビで仕事をし、私の2005年の選挙では後藤さんは水戸に1ヶ月以上泊まり込みで、後藤さんの初陣の2006年の衆議院補欠選挙では私が藤沢の実家に泊まり込んで事務所の契約から支え合ってきました。私の態度が大きいのでよく間違えられますが、後藤さんの方が先輩です。
【後藤 私が福島さんと一緒に働いたのは、ちょうど冷戦後の時代に対応するため、日本が変わらなければならないタイミングでしたね。そこで役人として様々な改革に関わり、変えるべきことは変えられるだけ変えたが、「自民党政治ではここまでしか変えられない」という限界にぶつかった。それを超えて真に国を変えるためには、政治そのものを変えるしかない。お互いそう志を抱いて政治家になった。
福島 ・・・55年体制は「保守vs.革新」のイデオロギー対立の政治でしたが、それは冷戦が終結した時点で終わった。ところが、日本は冷戦後も55年体制から脱却できず、時代遅れのイデオロギー対立を続けてきた。その結果、政治が機能しなくなって「失われた30年」に突入してしまったのです。我々はこういう古い政治を乗り越えようとしてきたわけですが、悪戦苦闘の連続で、いまだに乗り越えられていない。】
【福島 仮に国会運営が行き詰まって重要法案の成立が見込めなくなれば、高市総理は解散権を振りかざして野党を脅してくる可能性があります。その時は喧嘩上等で受けて立つべきです。そして高市政権が「外交」「財政」「国会」という日本の今回を壊そうとしている事実を明らかにし、「日本を守る」という大義を掲げて戦うべきです。こういう時は政策ではなく大義こそが人々の心を揺り動かす。そうすれば天が味方して、必ず流れは変わるはずです。
後藤 まさにその方針でやっていきたい。そこまでいけば、逆に野党がまとまるチャンスも生まれてくる。】
と、このように息の合った議論をしておりますので、ぜひご購入の上ご一読ください。
月刊日本2026年11月号
amazon.co.jp/dp/B0HJZHGXGK
『月刊日本』11月号 - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月23日
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〇いよいよ明日朝の直行便で、パラオから帰国します。
今回のペリリュー島への政府遺骨収集派遣団の目的は2つ。一つ目は、言うまでもなく集団埋葬地からのご遺骨の収容。もう一つは、これまで収容したご遺骨のうち個体として日本人としての蓋然性が高いものと人類学的に判断されるご遺骨を、DNAの検体として日本に送還すること。今回送還するご遺骨は459柱相当。その中には身元特定につながる重要な遺留品と共に出てきたものもあります。ペリリュー州政府庁舎に保管いただいていたご遺骨を大切に30箱の段ボール箱に詰め、台風接近で荒れた海を荷崩れしないように船上で押さえ、コロールのホテルまで持ってきました。明日、82年経ってようやく祖国にお連れすることができることを思うと、万感の思いがこみ上げてきます。
ご遺骨の収容は、日本戦没者遺骨収集推進協会の指揮の下、厚生労働省の担当官、日本遺族会、水戸二連隊ペリリュー島慰霊会、日本青年遺骨収集団(JYMA)の学生、人類学者、考古学の専門家のチームによって行われます。そしてなによりも、現地では旧知のウィリーさん率いる力強いワーカーさんが加わってくれます。さらに、パラオ政府の文化歴史保存局(BCHP)の考古学の専門家た立ち合い、不発弾処理のNGO団体のスタッフも常駐してくれます。ペリリューの現地住民の多くは日本人の血が入った日本に所縁のある方々ですから、お金のための労働ではなく、同じ気持ちになって作業をしてくれるのがペリリュー島の特徴です。また、私の子供の世代(戦没者の曾孫世代)のJYMAの皆さんにとっては、貴重な体験になっているようです。体力や腕力は、まだまだ私たち昭和世代には敵いませんが。
今回は集団埋葬地ですから、ジャングルを歩き回って探しまわる場合と違って、次から次へとご遺骨が出てきます。しかし、パラオ政府との取り決めによって、考古学的な方法で考古学的な記録と報告をしなければならないため、思うようには進みません。今回収容できたのは、25柱相当。米軍資料では、この集団埋葬地に1,086柱埋葬されていて、これまで580柱相当が収容されていますが、今回収容したものを含めてもあと500柱近くが残されています。私が武見大臣に訴えて予算をつけていただいた時には、ご遺族が高齢化して一人一人と亡くなっていくる中で、3年ですべてのご遺骨を収容したいというものでした。3年目まであと1年。正直焦る気持ちもあります。いくつかの課題を整理して、政府に報告と提言をしたいと思います。
今回収容したご遺骨の中にも、身元判明のための重要な遺留品が出てきたものもありました。私が遺骨収集に取り組む思いは、ただ一つです。一つでも多くのご遺骨を、祖国の地に、そして何よりも故郷のご家族の元にお戻ししたい。私は政治家になって毎年、お盆に亡くなった支援者の関係者のお宅にお線香をあげに伺いますが、仏壇や神棚に軍服を着た戦没者のご遺影のあるお宅が少なくない数あります。私は、その時「どなたですか?どちらで亡くなられたのですか?」とお聞きします。ペリリュー島で亡くなられた方の多くは茨城県出身者ですから、私は「ぜひDNAの検体を出してください。もしかしたらご遺骨をお返しできるかもしれません」と言います。
でも、ペリリュー島で亡くなった兵士の多くが20代前半の未婚の若者。直系の子供や孫がいない場合の方が多いのです。戦後3,40年の戦死者の父母が生きていた時代なら、亡くなった我が子を語り継いでいたことでしょう。でも、今残っているの遺族にとっては、戦死者は大叔父世代。写真は残っているけど、誰かわからないという場合が多くて、なかなかいい返事がもらえません。今日現在、ペリリュー島から帰ってきたご遺骨で、故郷の家族の元にお戻しできたものは一柱もありません。でも、そのご遺骨は父母と一緒のお墓で眠りたいはずです。ぜひ、関係する皆さんがいらっしゃいましたら、厚生労働省が行っているDNA検査のための検体を出していただければと思います。わからないことがありましたら、私までご連絡ください。
遺留品等の手掛かり情報がない戦没者遺骨の身元特定のためのDNA鑑定にかかる対象地域拡大と申請手続について|厚生労働省
mhlw.go.jp/stf/seisakunitsui…
明日朝の直行便で、パラオから帰国します - 福島のぶゆきアーカイブ - 2026年10月21日
archives.fukushima-nobuyuki.…












