歳ローグend4って本編というかイベント軸では実現しなかったチョンユエの自己実現の話じゃん(※真龍朔はチョンユエではないけど見た目と名前同じだけで本体とは無関係な存在かというとそうではなくif個体という位置付けだと思う)
いまだにその事をどう受け止めて良いのか分からない気持ちがあるね
フィクションにおける自己犠牲には自己実現としての側面が強く設定されている場合が多くて、ウァンなどもかなりそういう描き方をされているので、原石痛とかどうにかなって欲しい気持ちありつつあまり悲劇的に受け止めていないんだよな
(本人は良くても周囲は嫌だよねという所まで含めて)