某MO、隙があったのは事実なんだけど、徹底的にやりあうのは、オーナー企業だなと思った。良し悪しはあるにしても、起業家は常に戦闘モードでないとやっていけないので、脅しに対してはむしろスイッチが入るのかなと思う。
なんとなくだけど、AIが本当に賢くなるためには、ノイズとなる知識を持たないことが重要で、それは学習の段階でデータを絞るか、不要な知識を忘れるかのどちらかが必要。多分、忘れるという機能を課すべきなんだろうと思う。
自分はよくわからんが、移民二世となるとその国で生まれ育ったわけで、本人の努力ではどうにもならない構造的問題があるのなら、それを解消とするのは自然に思える。どんな国も最盛期はいろいろな出身の人が活躍できるから栄えるわけで、繁栄か同質性かは国家の選択な気がしている。都市と村の差。
カバンなら手作りに価値を見いだせる人もいるが、数学はそうとはならなさそう。ほとんどの人は答えを知りたいだけ。
AIが数学やプログラミングを変えていくなかで、自分で問題を解いたり、ものをつくったりすることが好きだった人は何を感じるのか。
海外の数学YouTuberの「数学の道に進むなら今ほどよい時代はない」という動画についたコメントが印象的だったので、日本語訳を紹介します。
―以下、日本語訳(投稿者名:alvih333)―
まだ肝心な点が見落とされている気がします。それに、ソフトウェアエンジニアたちが今の状況にどうにか折り合いをつけようとしている姿と、とてもよく似ています。あなたが言っているのは、「確かに、数学のこの部分はもう自分たちでやらなくてよくなる。でも、その代わりに、今度はこういうことができる」ということですよね。でも問題は、大半の人が、そもそもその「代わりのこと」をやりたくないということなんです……。
いや、もう自分たちをごまかすのはやめましょう。数学やソフトウェアに惹かれた私たちのようなオタクは、それを一つの芸術だと思っていたからこそ、夢中になったんです。自分の腕を磨いて取り組む、職人仕事のようなものだった。複雑な数学の問題を解けるのが、街じゅうで自分一人だけであること。証明を発見し、広がり続ける人類の知識に新たなものを加えることで、自分の存在を後世に残すこと。そこに魅力があったんです。
ものすごく質の高いハンドバッグをつくることに、生涯の情熱を注いでいる革職人を想像してください。自分が手がけた品が、誰かに一生使ってもらえて、使うたびに喜びを与えられる。そのことに喜びを感じている人です。
ところが、徐々にではなく、ほとんど一夜にして、誰かが家の戸口にやってきて、こう言うんです。
「私たちなら、あなたのつくるものより50倍も優れたバッグを、10分の1の値段でつくれます。でも、心配しないでください。あなたは工場を監督したり、このバッグがどれほど素晴らしいかをお客さんに説明して売り込んだりすれば、今よりもっと稼げますよ」
いや、言っていることは分かります。でも、それは私が自分の人生でやりたかったことじゃないんです。マネージャーになりたかったわけでも、営業マンになりたかったわけでも、物書きになりたかったわけでもありません。
好きでやっていた、自分の腕を振るう仕事が奪われたんです。その喪失を悲しむくらい、認められてもいいはずです。「ほかのことができる」と言われても、そんなことはどうでもいい。そもそも、その「ほかのこと」をするのが好きだったわけではないんですから。
私が楽しかったのは、問題を解くことや、コードを書くことでした。「いや、プログラミングの本質は、もともとそこにはなかったんだ。実は最初から、マネージャーになることだったんだよ」なんて言われても、そんなことはどうでもいいんです。私はマネージャーになりたかったわけじゃない。何かを管理したかったわけでもない。出来上がったものをチェックする校正係になりたかったわけでもないんです。
こんな現実の中で生きるのは、本当に嫌なんです。
80億分の1というゲームをやると、先進国で生まれることの幸運と、そうでない所で生まれたときの人生の難しさを感じる。
1in8b.life/ja/
フランスの暴動をみて、なかなか難しいものを感じる。数年前にフランスにいったとき、空港からのパリへの移動で電車が止まってしまい、治安の悪い街を通らざるを得ず、地元の人に囲まれて、トランクを引っ張られた。その後、駅でものを取られた。色々と事情はあるにせよ、良くはないなと感じた。





