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30MS リシェッタ フリージアウエア完成
美プラを作るのはFAG轟雷以来、およそ10年ぶりなのでキットの進化の凄さに驚いた
基本は成形色にトップコートのみ、肌パーツだけ30MS カラーでグラデ→スムースパールコート→スムースクリアーとちょっと気合い入れて作ってみた
#30MS
イスタ retweeted
ゴジゼロ、別にアメリカを悪者にするわけでも日本を被害者にしたいわけでもない、ただ『もう核やそれに匹敵する力を使わない決断』をして欲しいってだけなんだよな最後まで見るとわかる反核メッセージは。やり返そうと思ったらやり返せる、けどそれをしないことを選んだんだよあの人は…
みんな和光が丈夫すぎって笑うけどさ、あれって要するに○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○?
前作もゴジラが熱線で東京中を吹き飛ばしたのに、和光だけポツンと残ってるのが疑問だったんだけど、こういう意図なら合点がいく。
#ゴジラマイナスゼロ fse.tw/HoAUB3Aq
一方で敷島や野田といった「個人」の視点で戦争との関わりを描いていく過程で『ゴジラ -1.0』では(ちょっと露骨な程に)大日本帝国の在り方が批判されたり、『-0.0』でもその罪業が描かれたりと決して単なる被害者だけの視点で戦争を振り返ってはいないのでその辺は作り手側の取捨選択でしかない
左派の人たちの言う「加害者としての日本」というのは主にアジア圏での大日本帝国の侵略行為の話なので『-1.0』と『-0.0』のマイゴジ2作でそこが描かれてないのは事実なんだけど、そもそも敷島たちという「個人」と「戦争」との関係を描く物語でそれに触れてないのは別に落ち度ではなくない?と思う
イスタ retweeted
戦争に送り出す側として関与していたある人が死ぬシーンに、加害者としてのその人の過去への裁き、本人の今がどうあれ過去の罪に追いつかれたようなニュアンスを感じて、加害者としての日本という視点は抜け落ちてるんじゃなくて強調してないだけなんじゃないかと思ってる
『ゴジラ -0.0』の続編、○○○○○○○○○○○○○○○○○野田○○○○○○○○○が「敷さん、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」って言いながら○○○○○○○○○○○○○○○○展開で間違いないですね…… fse.tw/4rnbyWlm
ゴジゼロネタバレ
○○○○○○○○○○○○○敷島家、前作のそれと比べて○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ fse.tw/Ox4it4I1
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『ゴジラ-0.0』ラストについて
前作では○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ゴジラが、今作では○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。これは○... fse.tw/LyUvEOEn
賛否割れてる『ゴジラ -0.0』のラスト、さすがに山崎節の演出がコッテリしすぎだろ!とは思うが、思えば前作『-1.0』も今作『-0.0』も「諦めずに抗い続けること」を描く物語だったので個人的にあの敷島の選択は納得できるしラストシーン含めて大好きだ
イスタ retweeted
往年のハリウッド映画の本歌取り的なゴジラの再解釈、怪獣映画としての描写のフレッシュさは前作の方が上だが、山﨑貴はやっぱり一流の映像作家だと思った。グイグイ迫って来る怪獣と逃げ惑う人や攻撃を交わす戦闘機の遠近法は繰り返し出てくるけど、どれも迫力があってテンション上がった。
イスタ retweeted
山﨑貴「ゴジラ-0.0」
ゴジラ襲来から二年後の世界を舞台に再び怪獣に挑む敷島や野田の戦いを描く。「オッペンハイマー」への返歌として痛烈な反核映画に。「生き抜く」ことがテーマだった前作に対して本作は「いかに自分の代で連鎖を断ち切れるか?」だった。そのための犠牲も描かれておりビター。
第二次世界大戦における日本が被外国であると同時に加害国でもあった歴史を忘れないのは大事だが、一方で『ゴジラ -0.0』に限らずその作品が「誰の視点から見た戦争を描いているのか」という文脈を(あまつさえ映画評論家と呼ばれるようなひ人たちが)無視した批判をするのは論点がズレているだろう
イスタ retweeted
ゴジラ不遇の時代を通過した信者にとって、ゴジラで賛否の論争が世論レベルで巻き起こっている事態が夢の様でもあるのだが、否定的意見の中に「加害の史実をスルー」とか「次は塚本晋也に撮らせろ」とか「戦争に対する冒涜」とか、この手の人達は何を求めてゴジラを観たのか?理解に苦しむ。塚本晋也↓
極端な言い方をすれば『ゴジラ -0.0』も『キャプテン・アメリカ TFA』も第二次世界大戦を舞台としつつもあくまで「戦争と個人」の物語である(加害の責を負うべき「国家」の視点による物語ではない)以上、そこで加害の歴史を描いていないことを批判するのは論点がズレていると思う
『ゴジラ -0.0』が反戦の物語でありながら日本による加害の歴史が描かれていないと批判する人たちは、例えば『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』に対しても第二次世界大戦を舞台にしながらアメリカの加害の側面(それこそ日本への原爆投下等)が描かれていないと批判するのだろうか










