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少しだけ、掛け違える—青木淳+リチャード・タトル「ほぼ、空」から考える「設計する」ということ—|中田千彦 note.com/prime_hebe3131/n/n0…
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14 東京オペラシティアートギャラリー
ほぼ、空
入口から薄暗く、絵があるが題名がなく、ざっとみたものの周り方分からず、不安いっぱいに…説明からこの絵は野又穰という人の絵とわかる。青木淳とリチャードタトルの作品は?
一周目ざっと回る。
係の人に周り方聞いて二周目へ…
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もう一度回ると最初の説明にある、「遺物のような建物」や「時間と無時間」というキーワードがすこしピンとくる。
ああ、この作品一つ一つではなく空間全体の静かな気味悪さ?を味わうってことか…と思いその雰囲気を味わいつつ三周目…不思議な体験でした…
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ほぼ、空展に行ってきました。建築家 青木淳と美術家 リチャード・タトルのコラボ。展内はだだっ広い空間にバスケット、柱、色の帯しかない空間。「そこに微かな"光"が点り、影が生まれるからこそ、質感が生まれ、流動する大気が感じ取れるようになる。」感じ取れなかった〜まだまだだなあ
#ほぼ、空
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こうした青木淳さんの一連の仕事をみると、空間そのものが作品として扱われることに建築家の仕事の可能性を開いてくれていることに敬意を持つし、美術館側の人間としてはこれをいかに記録、さらに収集まで可能かというミュゼオロジの検討すべき宿題を持ち帰る。
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ほぼ、空 青木淳+リチャード・タトル を最終日駆け込み。とてもよかったののだけど、どうも建築の謎解きモードに入ってしまう建築好き性が発動してしまい挙動不審に。置いてある何気ないものすべて意図されてるのではと緊張する。
operacity.jp/ag/exh300/
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『ほぼ、空』展、視線誘導もバッチリ決まっていた。照明が必要最低限まで絞られていて作品に目がいくし、柱や宙に吊られたバスケットはどうしても斜め上を見上げるようにできている。よく見るとバスケット内のモミの枝には金色のカタツムリがいたりして、何周もしてしまうような面白い展示だった。
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滑り込みで『ほぼ、空 青木淳+リチャード・タトル』展へ行ってきた。作品よりも展示空間それ自体を体験するもので、薄暗く茫漠とした空間はまさにリミナルスペース。壁や天井を貫通した位置情報バグみたいに反復し登場する柱とバスケットと色の帯もそれっぽい。懐かしく仄暗く心地よい空間だった。
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アーレントの公共もまたモノではなかろう。
春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰、三島が描く輪廻と消滅の往還を前に、世界を所有しようと今日もまた地図が剥がれ落ちたそのあとで、まだ名づけられていない、そのほんの手前にある場所が、とてもよかった。オペラシティ・アートギャラリーにて今日まで。
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「Almost Sky: Jun Aoki + Richard Tuttle」。薄いレースの白布は低く歩くにつれて、気づくと屋外へ出ていくようで、「空」とは何か、『陰翳礼讃』の光と闇、『草枕』の非人情、『古寺巡礼』の風土、いずれも容器ではなかろう。光、時間、身体、記憶がその都度つくる関係なのだと、問い返すように。
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青木淳とリチャードタトルは何を見立てたか。百年の孤独もマルテの手記も、箱男もアンナ・カレーニナも、人々を取り囲む背景としての都市と、部屋の窓、広場や路上が、私たちの孤独や欲望を縁取るように。コールハースも原広司よりもはるか以前から、互いに侵食しながらかそけき生は、そこに。
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建築の技術屋さんなので、設営とか展示室自体への施工に関する話をしています。肝心のアート作品としてどうかみたいな話を一切してないので、専門の方がおられましたら解説を聴きたいです🙏
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下記のアーカイブを併せて参照するとよりわかりやすくなります
雲と息つぎ
aoki-lab.tumblr.com
鳥は泳ぎつづける
architecturephoto.net/131536…
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東京オペラシティアートギャラリー
ほぼ、空
青木淳+リチャード・タトル
備忘録
nitter.cf/i/spaces/1lKQRWXrOgzGE…
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東京オペラシティアートギャラリーの「ほぼ、空:青木淳 + リチャード・タトル」へ。入口の暗がりから、空間の光量、人工的な光と自然光、物質に体が次第に順応していく感じ、そもそも「ごあいさつ」がギャラリーの外で、そうか入口は今回そもそもあそこではなかったと見終わったと思ってから気づく。
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青木淳+リチャード・タトル「ほぼ、空」は今年観た中でベストの展覧会だった。ほぼ、という言葉が、建築模型を思い起こさせた。空にはスケールがない。したがって、1/nの模型は作れない。しかし、行為を起点にするとき、それは人の身体にとって空を想起させる模型になる。エレガントな解だと思った。





















