ピカード艦長が…
ご冥福をお祈り致しますm(_ _)m
英名優パトリック・スチュワートさん死去 86歳 「スタートレック」ピカード艦長、「X―メン」プロフェッサーX役など
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hochi.news/articles/20261030…
『帰ってきたウルトラマン~NG変身』
「帰ってきたウルトラマン」の変身シーンにはNG版が存在する。
現存する初号プリントに残された変身シーンは郷が例のウルトラマンの登場ポーズをとるとそのまま変身、巨大化変身映像に繋がっていく。
付けられた変身音も初代とは違うものだった。
オリジナリティを出そうという試みが感じられる。
#帰ってきたウルトラマン #特撮
『仮面ライダースナック』
「変身ベルト」と同時期、昭和46年の年末に発売された大ヒット商品がこの「カルビー仮面ライダースナック」だ。(「カルビースナック 仮面ライダー」に後に改名)
20円の定価のお菓子に一枚の「仮面ライダーカード」が付属しており、裏面に怪人などのデータと通し番号が印刷してあるニクいシステムで、空き番号のカードを求めてリピートする子供が殺到して大ヒットとなった。
売り上げ数で6億2000万袋以上、金額ベースで約87億円の売り上げとなったという記録がある(数字が合わない気がするが、定価と仕入れ価格の差額かな?)。
カードをもらった後のお菓子の投棄という社会問題もあったが、発売時に「ダブルライダー編」に突入して番組が盛り上がっていたこともあって、番組が最終回を迎えるまでの約1年強の間に爆発的なブームを巻き起こしたのだった。
なお、この出演者の女性の正体は今のところ不明である(資料をお持ちの方はご教授を!)。
カードに関しては私的には大きいサイズだった「5円プロマイド」の方が欲しかったが、スナックも購入していた。
しかしどうも味に馴染めず閉口したのは憶えている。
(参考「甦れ!仮面ライダー黄金時代・1号2号V3!!」竹書房 2005年)
#仮面ライダー #昭和のお菓子
『仮面ライダーの受難』
仮面ライダーの第一回放映日直前にその事故は発生した。
第9、10話を撮影中に藤岡弘が撮影中にオートバイで転倒し、左足大腿骨骨折の大けがをしたのである。
当初は藤岡氏の未撮影部分をライダーや滝、ルリ子などに差し替えて撮影したが、当初の予想より復帰が遅くなることが判明して抜本的な対策を取る必要が生じた。
主役交代。
こうして二号ライダー・一文字隼人(佐々木剛)が登場するのだが、14話以降の打ち合わせ会議(昭和46年4月28日)では「本郷猛」を殺してしまう案があったという。
その方が物語として書きやすいという意見だったようだが東映プロデューサーの平山亨さんが「子供たちのヒーローのオールマイティの夢をつぶすことになる」と断固反対したようだ。
そして本郷猛とルリ子は外遊、交代に関しては、さらっと一文字隼人に説明させることになった。
子供たちはすでに藤岡氏のけがを知っているからという理由だ。
加えて番組の強化策として怪人の最後に爆発を増やす、二号のデザインを派手にする、立花レーシングクラブを舞台に女性アシスタントを複数登場させるなど、主人公側を明るい雰囲気にすることが決まった。
ここで本郷猛が殺されることに決まっていたら後の「ダブルライダー」の活躍も見れなかったわけだ。
平山亨プロデューサーに感謝、感謝である。
(参考:タウンムック増刊「仮面ライダー」徳間書店 昭和56年発行)
#仮面ライダー #昭和の特撮
『MG5』(1967年~)
「帰ってきたウルトラマン」が放映される前、団次郎(団時朗)といえば“MG5の人”でした。
みんな櫛の歯を親指で、ジ~っとやって「MG5」とやったものです。
その時からやたらかっこいいお兄さんだなあと、小学生でも思ってました。
しかしこの資生堂のCMのイカすこと…おしゃれで商品が目立って、つい欲しくなりますよね。
このCMは「伝説のCMディレクター」杉山登志さんの手によるもので、そのハイセンスな映像は今見てもスリリングな驚きを与えてくれます。
1962年から資生堂のCMを手掛け、団次郎さん、前田美波里さん、秋川リサさん、草刈正雄さんなどを起用した各CMは大きな話題となりました。
#懐かしいCM #団次郎 #資生堂
補足。
この当時は村田 秀雄さんで活動されていました。
1968年に出演した映画「わが命の唄 艶歌」の役名「団次郎」を芸名にされました。
ご指摘いただいた岡本善行さん
@yosshy1_okamoto
に感謝します。
















