
成人済。アニメや特撮の実況。ネタバレ予防のためフォロバしません。スパム対策も色々。一応本体→@labot_man
ふせったーなどパスはスミイサ誕生日
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LABO@雑多2号 retweeted
最後まで読んだ。読んだ自分が馬鹿だった。
結局命ちらつかせるいつもの弱者男性仕草じゃんきっしょ、何も分かってないじゃん
(長文注意)
レジスタ!(ユーザー名)、ゲッサン最新号(2026年11月号)掲載分まで読んだ。
理由は、偏に話題になっているため、恋愛漫画が好きなため、そして、キービジュアルでありヒロイン、志乃崎純のルックスが好みだったためである。
この時点で自分もキモい自覚はあるので、今から書く文章も、同じ穴の貉と思ってご笑覧頂きたい。
否定派はほぼ全員、肯定派は一部、それぞれこの作品を読むにあたり、ある種のキツさを感じている。
私も確かに率直に言って一気読みはできず、サンデーうぇぶりを閉じては開き、閉じては開きして、なんとか最新話まで追いつけた。
そして分析するに、少なくとも私がこの漫画に対して抱く一番のキツさは、キモさではなく、共感性羞恥であるように思う。そして同時に、ポリコレ的な問題ではなく、テクニカルな部分だと思う。
とはいえ作者の技量の良し悪しを評したいのではなく、レジスタ!(ユーザー名)という漫画の舞台設定の難しさによるものが大きいと思う。これは大事なことなので後で繰り返す。
まず、悲しいかな私は男性なので、作画面での露骨なセクシーショットで、ネガティブな印象を抱くことはなかった。週刊少年誌の、それもバトル物でもっと露骨な作品も多々あり、そんな中で比較的抑えめに描かれているように思う。
そうではなく、スーパーマーケットという生活感しかない場所で、客である花田(主人公)と店員である純(ヒロイン)の間に接点を作るために、他の登場人物や状況がかなり無理をしており、それでリアリティラインが下がってしまう点に、過敏に反応してしまうのである。
これは、私自身、創作をわずかに行おうとした経験があることも大きいと思う。こういう、どうやっても無理な状況でそれでもイベントを起こす試行錯誤、悪く言えば作為を、感じ取ってしまう。
例えば、バックヤードの店員がレジ応援に入った際の体臭騒動のとき。
花田は、これに関するやり取りをレジ回りで見て、このトラブルを察知する。
しかし、スーパーにおいてレジというのは、ほとんどの客の店員との唯一の接点であり、お金のやりとりが発生する場所であり、待ち行列ができる場所であり……つまり最重要の場所、といっても過言ではない。
そこで一介の客に過ぎない花田に様子がわかるほどの、店員同士、もっと言えば店長が参加する会話の応酬が、果たして起こるだろうか……と、考えてしまったのである。
もちろんこれはフィクションだし、起こってしまったら仕方がない。
ただ、誓って言いたいのは、私はこの漫画を粗探しするつもりで読んだのではなく、むしろ興味を持って、楽しもうと思って読んだ。
それでもそういう感想を抱いてしまったので、やはりこれは、スーパーマーケットという場所、客と店員、理性的に振舞う中年男性と常識的(?)な高校3年生、という設定がシリアス寄りの恋愛漫画としてはかなり困難であり、それに演出が追いついていないのではないか、と思う。
作者の腕が悪い、と言いたいわけではない。どんな一流の漫画家でも、この設定で読者に夢から醒めさせず読ませるのは、かなり難しいのではないか、ということである。
このこと以外に、私が他の読者同様に感じたキツさが2点ある。
1) 主人公の描写、2) 女性同士の会話のリアリティ
1) について、この主人公、ルックスは決して悪くない。むしろ36という設定年齢にしては良い方だと思う。清潔感もある。
しかし、これは漫画どうこうというものではなく、ほとんどの男は、下心があるとキモくなるのである。
純のモノローグ、純のシーンがしばらく続いた次のページにいきなり花田の一枚絵に直面し、そのハイライトの無い目と目があうと、どうしてもぞくっとしてしまう。
そして悪いことに、この作者が一番のリアリティを発揮しているのは、この下心がある男性のキモさを描写するにおいてなのだ。
加えてこの漫画においては、例えていうなら戦場がスーパー、装備品が籠や商品、切り札がタバコである。
野菜コーナーを背景にハイライトがない目で買い物かごを持つ中年男性の全身像、というのは、どうしても滑稽にみえてしまう。
実際、この主人公が一番魅力的に見えるのは、はなちゃん(仕事仲間の昔なじみの女性)や千代との、音楽にまつわるシーンだと思う。
色欲があるかないかで、仕事場かプライベートかで、見え方が全く異なる男性の悲しさが、残酷なほどよく描かれている。
ただ、この主人公の描写は、作者が自身を自己投影して、意図的にキモく見えるようにしている可能性が高いと踏んでいる。そう拝察できる花田のモノローグも劇中度々挟まれることは注意しておきたい。
2) について、これは上に挙げたものたちよりは軽微だった。
例えばナンパについての同僚女性の捉え方や、純の胸の大きさを揶揄う同性の友人についてなど、男性の私でも、いくらフィクションとはいえ、すこし醒めた目で読んでいたようなところがあった。
これは作者のこれまでの経験から来る手癖のようなものであり、例えると、柔道家がプロレスラーに転向してすぐ、という感じなのかな、と理解している。
ここまでやや辛口で書いてきたが、しかしながら、これから先、花田と純の関係性がどうなるのか、果たして純は最新話時点で花田のことをどう思っているのかは、いち読者としてとても気になっている。
そういう意味では、ふつうの漫画以上にこの「レジスタ!」という作品に没頭し、惹きつけられていることは、何より強調しておきたい。
そこで気になってくるのが、この炎上である。
正直この長ったらしい批評に関して、今から書くことを書きたいがためにキーボードを叩いている。
上述したように、作者は、主人公の花田に自己投影しているように思っている。
ということは作者は、中年男性として自分が、特に異性からどう見られるか非常に自覚的であり、冷酷な客観視が横たわっているように思う。
そこへきてのこの、一部とはいえ、多くの批判の嵐、雨あられだ。
もちろん作品やキャラクターに向けられたもの、作者の人格否定のつもりはないものも多かろう。
しかし作者は、いくら耳目を集めセールスが伸びるとはいえ、まるで自分自身が、異性から、それも「女性をセクハラ・カスハラから守る」という大義名分でもって、袋叩きにあっているような気分ではないだろうか。
いや、作家にとって作品とは我が子だから、我が子が苛烈に弾圧されている、という意味では、より辛かろうと思う。
さて、辛いときに人間が行き着くひとつの終局は、自殺である。
とはいえ、なにもこの炎上騒ぎで作者が自殺するかもしれないからやめよう、と私はこの文を書いているわけではない。
むしろ、動機はより醜悪かもしれない。
繰り返すが、ここまでこの作品や中年男性へ、まるで存在否認のような批評が集まると、自暴自棄になり、よしならばお望みどおりに、と存在を自ら消そうとする動機が高まる。
そして、作者は腹を痛めて産み出した自分の作品に、自分の分身のような存在を登場させている。
ならば、物理的な自分の自死とは別に、もうひとつ、自己否認する手段がある。
すなわち、作品中で主人公を、殺してしまうことである。
どのような結末を描けば収まりがよいか、最悪なことに色々プロットができてしまうのだが、営業妨害になる気がするので書かない。
ただ、悪いことに、主人公の死による結末は「中年男性と若い女性の恋物語は道徳的にあってはならない」という否定派の論調と最高に相性が良く、物語を都合よく締めることができる。
だから、レジスタ!はここへきてもはや、読者(外野)参加型のマルチエンディングストーリーと化しているように思われるのだ。
だから否定派は、主人公を殺して物語を終わらせたければ、じゃんじゃん火をくべるがよい。
しかし、ここまで力を込めて描かれる作品の、そこまで作者が自己を投影した登場人物、それも主人公の死は、もはや一人の人間の死と同等である。
その結末、私はとても厭かなあ。
レジスタ批判派が訴えてるのは作品で描かれてるおじアタを擁護してる奴らは何が悪いかわからないで擁護してるからきめーって言ってんだろ話通じねえな
こいつが言ってる作品どもは誰しもが悪い行為だと理解して作品を受け取るのに対してレジスタは恋!青春!とか言っておじアタを悪として描いてない


















































