みんな忘れかけてるかもだけど、そもそも今回の「議員定数削減」は、維新がカッコつけて自民党との連立条件として「企業献金禁止」を掲げてたくせに、自民党がそんな条件のんでくれないから、「企業献金禁止」を突然「議員定数削減」にすり替えたもの。自民・国民民主と合意した「31議席削減」案で、自民と維新の議席占有率は上昇し、政党交付金アップとの試算も。「身を切る改革」と言うなら、議員定数=民意を切り捨てるのでなく、政党交付金や議員歳費、旧文通費をカットすればいい。「身を切る改革」を叫びながら、税金泥棒、火事場泥棒もいい加減にしろ
→維新の“税金泥棒”はこれまでも…
・吉村洋文「1日で文通費100万円」問題
・政党交付金をダミー団体にプール疑惑
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極右人気と“別班”気取りで暴走が止まらない小泉進次郎防衛相、「日本に戦闘機用ミサイルの生産拠点」で米・ヘグセス国防長官と合意。“戦争できる国”どころか “戦争せずにいられない国”へまっしぐら。自分は安全な会議室にいて、貧乏人を戦場に送り込む非道
・貧困層を標的にした自衛隊員募集、進む“経済的徴兵制”
・防衛省が小学生にまで「自衛官勧誘」目的のパンフを
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高市首相G7欠席理由について「今回の会議は30分で日本の発言も1回数分程度だから官僚でいいと判断」と言い出してるが、2024年4月14日のG7オンライン首脳会議は45分。各国の発言は数分程度になるが、日本の岸田首相も各国首脳も誰も欠席していない
衆院比例定数「31議席削減」で自民・維新・国民民主が正式合意、今国会成立か!政権与党が自党に有利に選挙制度を変えるのは、民主主義の破壊、独裁政治そのもの。そもそも日本の議員数は他国に比べて少ない。何のための削減なのか?身を切る改革?議員定数削減で切り捨てられるのは多様な国民の声だ
なぜG7首脳会議の代理出席が一官僚で外相でなかったのか?茂木外相は、2021年パラリンピック開会式で菅首相が遅刻するためG7に代理出席したことを辻元議員から指摘され、「日本の呼びかけで開かれ、進行役だったから、今回とは事情が違う。コロナ下の途上国支援について話し合った」と弁解していたが、代理出席した2021年8月のG7オンライン首脳会議はイギリスのジョンソン首相の呼びかけで開かれ、テーマはアフガン情勢。日本から呼びかけて開催したなら、首相のパラリンピック開会式出席とわざわざダブルブッキングするわけないだろう。自分が進行した別の国際会議と勘違いしてるか、わざと混同させごまかしたか知らないが。今回“代理出席”した遠藤外務審議官はもともと同席予定だったことも明らかになっている。茂木外相は「ドタキャンだったから間に合わなかった」と言えないだけでは? “高市ドタキャン”の責任を外務省に押し付けられ、茂木外相もブチ切れ寸前か
『VIVANT』の悪質な中国ヘイト描写が物議を醸しているが、日本の中国ヘイトは終戦直後にも。「早く戦争が終わればよいと思ってきたがこうなってみると、やっぱり死ぬまで戦ってみたかった。米英に対してはやむをえないとしても、支那に頭を下げるなんて、しゃくにさわる」(『日中15年戦争』より)
『VIVANT』(10月18日放送回)で主人公がクライマックスで叫んでいた「撃ちたければ撃てばいい」「このジェットに何かあれば、西側諸国は大挙してお前ら(中国)を潰しにくる」というトンデモセリフ。ネトウヨの“中国やっつけたい”願望、“アメリカに中国やっつけてほしい”願望が凝縮されているのでは。『VIVANT』の悪質な中国ヘイト描写が物議を醸しているが、日本の中国ヘイトは終戦直後にも。黒羽清隆の『日中15年戦争』(ちくま学芸文庫)には、終戦直後の街の声としてこんな言葉が紹介されている。
「支那や朝鮮にいばられるのがしゃくだから、いっそのこと、子供を道連れに死んだほうがましかもしれない」
「早く戦争が終わればよいと思ってきたがこうなってみると、やっぱり死ぬまで戦ってみたかった。米英に対してはやむをえないとしても、支那に頭を下げるなんて、しゃくにさわる」
「パーロ(編集部注:八路軍=毛沢東率いる中国共産党軍のこと)には負けたけれども、支那には負けていない」
よく「一億総懺悔」とか「180度価値観が変わった」とか言われるが、それはアメリカに対してであって、中国や朝鮮半島に対しては反省どころか戦中と変わらない差別心が。
『VIVANT』(10月18日放送回)で主人公がクライマックスで叫んでいた「撃ちたければ撃てばいい」「このジェットに何かあれば、西側諸国は大挙してお前ら(中国)を潰しにくる」というトンデモセリフ。ネトウヨの“中国やっつけたい”願望、“アメリカに中国やっつけてほしい”願望が凝縮されているのでは。『VIVANT』の悪質な中国ヘイト描写が物議を醸しているが、日本の中国ヘイトは終戦直後にも。黒羽清隆の『日中15年戦争』(ちくま学芸文庫)には、終戦直後の街の声としてこんな言葉が紹介されている。
「支那や朝鮮にいばられるのがしゃくだから、いっそのこと、子供を道連れに死んだほうがましかもしれない」
「早く戦争が終わればよいと思ってきたがこうなってみると、やっぱり死ぬまで戦ってみたかった。米英に対してはやむをえないとしても、支那に頭を下げるなんて、しゃくにさわる」
「パーロ(編集部注:八路軍=毛沢東率いる中国共産党軍のこと)には負けたけれども、支那には負けていない」
よく「一億総懺悔」とか「180度価値観が変わった」とか言われるが、それはアメリカに対してであって、中国や朝鮮半島に対しては反省どころか戦中と変わらない差別心が。

