「キリスト教宣教師は、日本にやってきて日本人を奴隷として海外に輸出していた」
「キリスト教宣教師は、教化した大名や領主、有力者に、土地を寄進(寄付)させていた」
これが日本のキリスト教とのファーストコンタクトだったんだけど、これを言うと「それはカソリックがやったことでプロテスタントには関係ない」って言われるんだよねw。
この下りが含まれる戦国時代後期の話、歴史の授業にだいたい出てくるし、大学受験の範囲になってたりもする。
僕はキリスト教が日本に根付く機会は大きく3回あったと思っていて、ファーストコンタクトはこの戦国時代の宗教的侵略。
当時のキリスト教(カソリック)は、まず宣教師が「未開の地」に赴いて教化し、有力者を籠絡して、それから商人と軍がやってくる、というメソッドがあったとかで。
その「軍がやってくる」に至る前、戦国時代の日本にもそれなりの規模の信者のコミュニティが形成されていったんだけど、キリスト教信者(日本では切支丹と呼ばれる)による軍事蜂起や諸外国との内通が懸念しされたので、伴天連追放(宣教師の国外追放)、鎖国に繋がっていく。
次の機会は1867-8年辺りの開国。戊辰戦争をクライマックスとする内戦の果てに日本は鎖国政策をやめて堂々と海外の文物・文化を移入していくんだけど、この過程で明治新政府を推進した要人、政治家、役人が洗礼を受けてクリスチャンになった。
これはチャンスだったんじゃないかと思うんだけど、結局、「普及と宗教的植民地化」に失敗した。
戦国時代からの宿題に明示的な解は出なかった(自分が洗礼を受けてクリスチャンになったら、先祖はどうなるのか問題、とかが有名)。
で、三回目の機会は1945年の二次大戦敗戦の折。
プロテスタントの国アメリカからGHQと一緒に入り込んできたキリスト教別会派が、政教分離によって「神道」が後退する中でこれを信仰の上で接収するチャンスだったんじゃないかなと思う。
「ウェディングドレスを着て教会で結婚式」「クリスマスにチキンを食う(これ、戦後に米軍が持ち込んだ文化だよw。日本では七面鳥が手に入りづらかったからチキンで代用したら、紆余曲折あって日本ではクリスマスがKFCを食う日になったんやw)」とかは定着していったけど、結局「信仰、思想哲学の根幹の刷新」には至らなかった。
同じように戦後色濃くアメリカの影響を受けた韓国はキリスト教化された(プロテスタントが20%、カソリックが10%、仏教が15%くらいで、全体の半分が無宗教)けど、日本のキリスト教徒の割合は今も総人口の1%。
終戦後の日本がキリスト教の「付随物」は受け入れたのに、「信仰と思想」を受け入れなかったのは、当のGHQが推し進めた政教分離の影響かなあ、とは思うけどどうなんだろうね。
日本の政治家には今もクリスチャンは何人かいて(麻生フランシスコ太郎はカソリックで、石破茂はプロテスタント)、彼らは真面目で経験なクリスチャンであり続けているけど、それを他人に強いたりしない。
強いないからこそ、日本では植民地正当化宗教に育てなかったんかな、という気はする。
明治時代とかは「開国を推進した開明的な政治家がキリスト教を広く奨める」という機会があってもおかしくなかったし、敗戦後ならGHQがそうしていてもおかしくなかったと思うんだけど、そうならなかったので今も日本ではキリスト教は人口比1%のマイナー宗教。
ちなみに日本におけるイスラム教徒の割合は人口比の0.3%だそうなので、キリスト教のほうがまだ3倍優勢かも。
おっと、本題から大幅にずれたぜ。
キリスト教が「植民地化を正当化する」については、分かりやすいのは南米やアフリカじゃないかな?(欧州でもそうだと思うけど)
地域に元々あった信仰は否定されるか、或いはこっそり融合する。
そして、「地域の統治体制よりも、神のほうが上位存在」として信仰が擦り込まれるので、地域の統治は箍が緩み、キリスト教を是とする「軍」がそこに入り込んでくる。
新大陸(北米)ではスペインが積極的に「教会」を建てて、現地の蛮族に教育を施したり教化したりして「救済」したり、或いは「区別」したりしていたとかなんとか。
植民地に元々あった神(信仰)を、植民地を征服した側の信仰で上書きして、征服者の神の信仰の中に取り込んでいくというのは、大航海時代に正義として行われ、それが世界に「英語とスペイン語とポルトガル語とキリスト教」を広げた。
キリスト教を「笠に着た王権または国々」はキリスト教を武器としてまつろわぬ国々を配下に置き、現地の信仰を蹂躙して、最近は保護区に置いたり、多様性を叫んだりしている。
ここらへん広範に亘りすぎるから、末端末尾では「そうじゃない、そういうことはない」という否定も「まったくその通り」という肯定もどっちも都合よく成り立ってしまうんだけど、南米の人々は今独自の言葉を持たないし、元からあった信仰はキリスト教で上書きした何か、になっている。
どうなんだろかね。
Replying to @azukiglg
Idk where you think christianity justifies colonising when evangelists had to go into hostile territory, risking their lives in order to spread the gospel. There is no idea in christianity to subjugate the whole world, only to spread the gospel to all peoples. (1/5)
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エプソンにいる友人が同じような話を言っていた。この危機に対するエプソン(セイコーエプソン)やキヤノン、リコーといった日本企業の決断は、かつて写真フィルムの全滅期に事業構造を自ら破壊し、ヘルスケアや高機能材料へと転換した富士フイルムの成功劇の再来だ。
テキスト内にある「紙印刷を安定的なキャッシュ創出源(Cash Cow)と割り切り、AI時代の物理インフラへ全振りする」という戦略は、事業ポートフォリオ移行(BCGマトリクス)の教科書的な、かつ最も痛みを伴う実行例です。
自らの過去の看板と成功体験を叩き割り、時代の最先端(AIデータセンターやロボティクス)を陰で支える黒衣へと脱皮する。この凄絶な変貌劇は、構造の変化に怯えるすべての伝統企業に対し、「過去の資産をどう再定義して未来のガソリンに変えるか」という鮮烈な答えを示しています。
昭和・平成のオフィスを支配した「本体を激安で売り、高価なインクという替え刃で稼ぐ」商法が、なぜ今完全な死を迎えつつあるのか。
互換インクで収益を削られていたプリンター業界に決定打を与えたのは、OpenAIのChatGPTやMicrosoftのCopilotをはじめとする生成AIの登場でした。文書の要約やデジタルツールが当たり前になったことで、オフィスで紙に印刷する必要性そのものが世界中から消し去られたためです。
この構造変化に対し、かつての覇者エプソンは長期ビジョンで「プリンターの会社」からの脱却を提示しました。紙印刷を安定的なキャッシュ創出源と割り切り、その資金をNVIDIA等のAIサーバーに不可欠な精密水晶デバイスやロボティクスへ全振りする決断を下しています。
米HPが事業縮小に苦しむ中、自らの看板を壊し、AI時代の物理インフラへと脱皮する日本企業の凄絶な生存戦略。最も成功したビジネスモデルほど、時代の構造変化によって巨大な罠へと変わる恐ろしさを物語っています。
「アメリカが舞台の日常漫画がない理由」
とかぼんやり考えてたんだけど、緒方さんご指摘の「日本生まれ日本育ちの作家は、日本人の日常しか分からんから日本の読者のために日本人あるある(日常)を描く」というのが揺るぎない正解だとして。
そのうえで、「アメリカからアメリカが舞台の日常漫画は出てこないのか?」というと、まあ、ないではないんじゃないかなと思わないではない。スヌーピーみたいなのとか。サウスパークとか。でもあれは、「日常」かと言われると悩ましいw
で。
日常漫画が成り立つ要件ってなんじゃろ?
というところに立ち返ってみると、
・作者と読者が共有している「日常(または実情と憧れ)の成立要件」に重複が多い
・不特定多数の読者と作者が、地域と世代を超えて概ね共通した体験をしている(ドリルとか期末試験とか部活とか夏休みとか文化祭とか駄菓子屋とか公園でゲームとか、経験が似ていて読者が自分の過去の記憶を取り出せるトリガーも似ている)
・文化的なタブーが少ないか、致命的ではない
・作者が「一人で全て描ける」か、「内容についての決定権を個人が持っている」
・「日常」を観察している人が「自らの体験を漫画として描く」ことそのものが差別・侮蔑・政治的配慮の対象にならない
・自分と異なる日常を体験した作者(の経験や記憶)に対して、「発表そのものを拒む」ような、強い忌避感と強制力が働かない(平たく言うとそれがどんなものであっても表現の自由が損なわれない。作者の評価を決めるのは作品だけで、作品の評価を決めるのは読者の購読数(売り上げ)だけ)
と分解していくと、つまるところ、
・ごく小さな規模の作家が自身の作品を掌握できるのが当たり前の執筆環境
・不特定多数の読者が似通った「共感できる」経験をしていて、読者が平均化されている(皆知っている共通の行事や出来事がある)
・不特定多数の読者と作者が経験や価値観を共有できている
・不特定多数の読者が作品(作者の発表した内容)を【購読(≒金を出して購入し、評価を数値化)している】(日常物が成立しない条件を考えると、それが商品として売れる実績が乏しいから、とも言える)
ここらへんが満たされる必要がある。
とりあえず「アメリカの日常物」については、日本人の漫画家の多くは普通はアメリカの日常をそんなには知らない。
オノナツメなんかはアメリカの日常風景を切り出した作品を結構出してるんだけど、それがアメリカの日常として正しいかどうかは日本人には分からない(でも、アメリカン現代ドラマの描く情景は反映されてた)。
結局は「歴史モノ」と「日常モノ」を真に自らの(国や民族の)記録として出していきたいなら、その環境に身を置いてる人自身が描かなきゃ、ってなる。「現代人が当事者になれない歴史モノ」に関しては、資料掘り下げ大好きな日本人は繰り返し他国の歴史であっても描こうとしている。
「ヴィンランド・サガ」「天幕のジャードゥーガル」は特殊な事例ではないし。
現代の外国人が「自分だけが知っている今」を自分達の手で描けば、それは他の国の人、アジア人なんかも興味を惹かれれば買うんじゃないかと思うんだけど、それらが「売れる」という実績がなければ、ムーブメントとしては立ち消えになる。
結局、「海賊版で読むな。本でも電子でもいいけど、作者に還元されるようにちゃんと金出して買え」という読者が十分に育ってない(そういう書籍流通や電子書籍配信などのマネタイズが整備されてない)社会、国では、やはり「日常物」に限らずフィクション作品、特に「ビッグヒットにはたぶんならないニッチ作品(日常物って例外を除けばだいたいニッチ)」を製品化はしにくく、つまり描かれない、ってことなんじゃないか、といういつもの結論になった。
アメリカ以外、例えばロシアでもフランスでも南米でもその他の様々な地域についても同じことで、
「小規模の作家(企業に属さない)が自由に描いて発表しても安全であること(表現の自由)」
「読者と作者が共通の体験を共有していること(通底する価値観の幅広さ、異なる価値観や他人の経験を許す度量)」
「小規模な作品のマネタイズの仕組みが機能していて、海賊版消費より正規購読者の影響力が強いこと(成果物が収益を生む仕組みの成立)」
「読者の識字能力、読書習慣」
ここらへんがないと、何にせよ「読みたい漫画を許す環境」が育ってこない。
課題はそこらへんかなあ、とか思ったけどどうなんでしょうな。
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🇨🇴 | Familia en motocicleta sin casco y manejando a alta velocidad se estrella contra un tractocamión en la variante Calarcá, unidad residencial Palma Seca.
昔、美術史をちょっと教わったけど、西欧の芸術って、
「王侯貴族、教会、富裕な商人」
がパトロン(スポンサー)で、彼らのために作られたもので、一般庶民は「芸術に金を出すという概念そのものがなかった」。
タニマチ(スポンサー)が出して王城、聖堂、富裕な商人の邸宅、広場などを飾る芸術が生み出され、庶民はタダで眺めて恐れ戦いていた。
だから、西欧の庶民は「芸術は金持ちが金を出すもので、庶民はタダで見るもの」という意識が今も抜けないんじゃないか、っていうね。
*
日本における芸術、というか主に絵画・版画・出版物の類はというと、「庶民が買っていた」。
なぜなら、庶民の識字率が昔から高かったから。そして、版画・出版物はマス・プロダクションであって、廉価だったから。
廉価だとはいえ、顧客が読めなきゃ出す意味がない訳で、顧客がそれを「読めた」し「意味を読み取れた」から、貸本・黄表紙・浮世絵がビジネスとして成立した。
将軍、大名、旗本、坊主、富裕な商人に向けて作られたワンオフの芸術品はそりゃあそれであるけど、日本は「庶民が理解者で、庶民は金を支払った」。
相撲取りや歌舞伎俳優が男前だって人気になるとその錦絵が話題になり、印刷されて売り出され、長屋のおかみさん、茶屋の娘がこぞって買った。
「茶屋の娘が可愛いらしいぞ!」ってなったら、茶屋の娘の錦絵が出回り、男共がこぞって買った。ブロマイドw
庶民が買って消費していた。
だから、今の日本の庶民も「気にいったもを自分で買う。買って手に入れ、自分のものにし、作者の新作を心待ちにし、作者にせっせと貢いで、売れない頃から目を付けていた。ワシらが育てた。最高の作品をありがとう」とかやってる。
日本語で「芸術」「ART」は、もっぱら「高尚なモノ」という意味なんだけど、西欧では日本の漫画やアニメを「ART」と呼ぶ。その割に、金を出さないのは「ARTは買うものじゃないから」だったんだな。
日本人にとって「漫画、アニメ」は技巧的に優れているものはさておき、大抵は「ART」「芸術」だとは思ってない。思ってないけど、「作者に自分の想いが届く様に」と金を払う。
漫画の価値をどう測るかというのは難しいけど、分かりやすい指標はある。
「何冊売れたか」
「幾ら売れたか」
だね。それはそのまま、「何人の手に渡り、どれほど多くの同志がその作品に夢中になったか」を数字で分からせるものでもあり、作者への恩返しなんだよね。
王侯貴族、教会、金持ちのために作られた芸術をタダで見るってだけだと、この感覚はなかなか伝わらないのかもしれないな。
そして、そんなつもりだから「ART呼ばわりしてタダで見ても心が痛まない」というのが、西欧の芸術消費観なのかもしれない。
そりゃあ、通じ合えないわけだ、と腑に落ちた。
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We've made a lot of masterpieces. We have more artistic masterpieces than any civilization in history.
身バレ防止で多少ボカすんですが、ある会社の社長の話。
机にテレビ。壁にも壁掛けの大きなテレビ。雑誌棚に大衆雑誌の新しいの沢山入ってる。みたいな方がいて、何かの対応してる時間以外、ずっとテレビ2つ付けて、雑誌読んでるんですよ。
で、そんな人が発案したプロジェクトがありまして。それが開始されてから少しの間は閑古鳥。
アチャ〜と思ってたら、ある賞を取ったんですわ。
で、その賞…箔を付けて宣伝強化した。(ちなみに準備されてたから計画内だった)
そしたら予約の電話がパンクして、そのプロジェクト専用の1室の設計が回ってきて設備大増設。
10年以上前の話なんですが、今見ても予約が無茶苦茶埋まってて、早めにやらないと無理みたいな感じ。
で、「大衆に対して商売するんだから、ひたすら大衆が何を求め感じているかの情報を常にアップデートし続けると共に、その中で変わらない物は何か?と言う自分の中のデータを積み上げているから出来た」と言う事に気が付くんですよ。
ただ、その情報の取り方が「時間がある時にTV2台つけながら大衆雑誌を読む」みたいな事が出来る人は、そこそこ居るだろうけど一般的では無い訳で。
そういう人が、社長とかやるんだなって思いました…
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個人的な超かぐや姫の復活上映Tier更新
座間ティラやAC津田沼のdtsも気になるけど、なかなか予定が合わず……
SSS
・TOHO大井町(DC)
SS
・丸の内ピカデリー(DC)
・Tジョイ蘇我(X+AT)
・チネチッタ(LZ ver.1.6.8)
・TOHO池袋(轟音)
S
・TOHO新宿(MX4D)
・109川崎(X+SAION)
・シネマシティ(極音AT)
・TOHO池袋(X+AT)
A
・109南町田(U4DX)
B
・TOHO船橋(TCX+AT)
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プロデューサーの石丸さん、広報担当の安藤さんによる、濃密な1時間。
本当にゼロから初めて、吹替・宣伝・交渉にグッズ作成を行い48館公開にこぎ着けたのは、凄いとしか。
当初少ないと思っててすみません。
途中からもう、ずっと泣きそうでした。
(^_^;)
#縁の手紙
#えんのてがみ
【ステージ情報解禁】
ゼロから始める映画配給 ~韓国アニメ『縁の手紙』を日本に届けるまで~
開催決定!!
わたし、えんてがP!ある日突然、上司が韓国アニメを買いつけてきた!配給なんてやったことないよ~!これからわたし、どうなっちゃうの~!?
▼出演者(敬称略)
石丸葵(プロデューサー)
安藤香奈美(広報・聞き手)
お楽しみに!!
machiasobi.com
#マチアソビ
痛ましいですね
乳腺外科医の無罪確定まで約9年。外科医はかけがえの無い多くのものを失った
学会では、訴えた女性に性的刺激の強いDVDへの20回以上の出演歴があり、職業上の経験が現れる「作業せん妄」の可能性が指摘されたが、この点は裁判で扱われなかったという
性的幻覚の報告があるプロポフォールが通常の2倍量使用されていたとの指摘もあったが、控訴審でせん妄について証言した医師2人はいずれも精神科医で、麻酔からの覚醒直後に起こるせん妄について、麻酔科医の様な専門的知見があったのか?
これらは女性の故意の虚偽を意味するものではなく、証言と医学的・科学的証拠を適切に評価する司法の姿勢である
「胸を舐められた」は濡れ衣だった…逮捕された乳腺外科医が"無罪確定"までの9年で仕事も息子も失った悲痛 身柄拘束→無罪→有罪→最高裁で再び無罪という苦すぎる勝利 #プレジデントオンライン president.jp/articles/-/9326…
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キャンプ場で働いてると炭に火つかへんって電話くることある
奥さん側が割と着火剤とか火つけたあとにじっと待っとかんのよな
着火剤に火着いたらよく燃えてるようやけど炭にはいこってないのにすぐに崩したがって火が消えることもある
男女で云々とは言わないけどBBQ初めて?って人は普通にいる
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TSMC(台湾積体電路製造)が最先端の半導体工場をアメリカに移転しても、まともに生産ラインを動かせる人材すら十分に集まらない。
エヌビディアのジェンスン・フアン(黄仁勲)CEOは、アメリカでの半導体製造について、こう語っている。
「アメリカに世界トップクラスの半導体工場を建設するのは、非常に難しい」
その理由は単純だ。
人が足りないのだ。
現地では、必要な技術を持つ生産ラインの人材を十分に確保できない。結局、台湾からエンジニアを何度も大量に派遣し、彼らが実際の製造ラインを支えながら、現地の新人を育成するしかない。
半導体の製造は、パソコンの組み立てとはまったく違う。
ASMLの最先端露光装置を購入し、工場に電気を通し、製造レシピをコンピューターに入力したところで、ウェハーが勝手に完成するわけではない。
実際に工場の中を一度見れば、まったく別次元の世界だとわかる。
一枚のウェハーが完成するまでには、クリーンルーム内で約3か月もの時間がかかり、1,000以上の製造工程を経る。
露光、エッチング、イオン注入、薄膜形成、化学機械研磨(CMP)。
どの工程も、数ナノメートルという極めて微細なスケールで制御されている。
それはまるで、高速飛行中の航空機の翼に超精密な彫刻を施すようなものだ。
途中のたった一つの工程で気圧が1万分の1ずれたり、反応チャンバーの温度が0.5度ずれたりするだけで、数百万ドル相当のウェハーが一度に不良品になる可能性がある。
最も高価な製造装置であっても、予算さえあれば購入できる。
しかし、深夜に装置の警報が鳴ったとき、何が原因なのかを瞬時に見抜ける人間がどれだけいるだろうか。
最後に頼れるのは、現場のエンジニアなのだ。
先端半導体の歩留まりは、理論計算だけで高められるものではない。現場の技術者たちが、装置の前で何度も試行錯誤を繰り返し、少しずつ改善を積み重ねてきた結果なのだ。
どの装置をコンマ数マイクロメートル単位で微調整する必要があるのか。
どの工程の化学洗浄液の配合を、製造ロットに応じて修正すべきなのか。
どのバルブのパッキンが高温環境で変形しやすいのか。
こうした細かなノウハウは、エンジニアが長年にわたり製造現場に入り込み、実際の装置と向き合い続けることで初めて蓄積される。
TSMCが台湾で90%以上という高い歩留まりを実現できるのも、数万人もの優秀な理工系人材がクリーンルームで昼夜交代勤務を続け、一台一台の装置の特性を徹底的に理解してきたからだ。
では、なぜアメリカでは、こうした人材を十分に集められないのか。
過去30年間の人材の流れを見れば、その理由がわかる。
アメリカのトップクラスの理工系卒業生は、ウォール街で高頻度取引やクオンツの仕事に就くか、シリコンバレーでAIアルゴリズムやソフトウェアの開発に進む。
オフィスでパソコンに向かって仕事をするだけで、年収数十万ドルを稼げる。
そんな環境で、誰が全身を覆う防塵服を着て、閉鎖されたクリーンルームの中で三交代勤務をしたいと思うだろうか。
数十年にわたる製造業の海外移転によって、アメリカは半導体製造を支える産業エコシステムを自ら分断してしまった。
大学には半導体設計を教える人材は数多くいるが、最先端の半導体製造プロセスを教えられる人材は極めて少ない。
半導体の設計なら、コンピューターと専門ソフトウェアがあれば取り組める。
しかし、半導体の製造は違う。
必要なのは、毎日製造装置の前に立ち、細かな工程条件を徹底的に追い込み、品質と歩留まりの改善に執念を燃やす、何千、何万人もの熟練技術者とエンジニアなのだ。
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非洲真的很缺水吗?其实“懒”才是他们穷的根本原因。有数据显示,非洲地下水储量是地表的100倍,为何他们不挖井,而是到处找水?
我之前跟着一支海外工程队在那边待了快八个月,亲眼见过太多让人匪夷所思的事,说出来真的好多人都不敢信。我们当时的营地建在一片开阔的草地上,刚过去的时候要解决用水问题,队里找了个测水的师傅随便找了个地方打井,打到不到十二米就出了清水,水质甜得很,除了供我们队四十多个人吃喝洗澡,还能引出一垄水浇我们开出来的小菜园,天天浇水都用不完。
而离我们营地不到两公里的地方,就有一个百十来口人的部落村子,我第一次跟着采购去村里的时候,就看见全村人都围着一个半米深的泥坑接水,那水浑得放半小时都澄清不了,水面上还飘着虫子和牲畜的粪便,小孩渴了蹲下来直接舀了就喝,大人也不管,不少小孩隔三差五就拉肚子,缺药耽误着能拖出大病,看着真的让人心疼。我当时就问翻译,咱们这边打井出了这么多水,他们咋不来打一口?翻译笑笑说,你往后看就知道了,不是水的事。
没过多久工程闲下来,队长说反正咱们设备人都有,不如免费帮他们打一口井,也算做件好事,结果第一步就卡壳了。村长带着一群人堵在我们选好的井址,说这块地是他们部落的公用土地,要打井就得给他们十袋面粉五桶食用油外加两箱汽水,不然别想动土。我们队里想着反正也不多,给就给了,就当换一口井给村里人用,这点东西对我们来说不算什么。
接下来要找几个当地人帮忙打下手搬东西,我们说好一天给一斤玉米面两瓶汽水,这个待遇在当地已经够一个三口之家吃饱喝足了,比他们自己瞎晃赚得多太多,结果来了五个人,干了不到四十分钟,全都撂挑子坐到树底下乘凉去了,说太阳太晒,会晒伤皮肤,祖宗规矩就是正午不能干活,要等太阳落山再干活。我们想着入乡随俗那就等,结果太阳落山之后,连个人影都没见着,第二天上午好不容易来了三个,还要求必须先给汽水玉米面,不给就不动手,我们给了之后,三个人晃悠着挖了不到半米,又坐下来歇着聊天了,一聊就是一上午,第三天干脆全都不来了,托人带话来说拿到的吃的够喝够吃好几天,先回家休息,吃完了再来。
最后没办法,我们工程队自己上手,不到十天就打出了一口出水稳定的井,还给他们在井口安了简易的提水架,放了两个大木桶,跟村长说以后大家随便来打水,只要别往井里扔垃圾就行。一开始村里人可开心了,天天排着队来打水,结果半个月不到,井口就堵了,我们过去一看,大大小小的树枝石头烂叶子堵了小半井,原来大家打完水垃圾随手就扔在井口边上,下雨一冲全进去了。我们免费帮他们清干净,反复跟村长和村民说不要扔垃圾,要保持井口干净,结果不到两个月,又堵了,之后村长干脆来找我们,说井坏了,你们再帮我们打一口新的吧,那语气说得理所当然,好像我们就该天天给他们收拾烂摊子。
我之前还碰到过一次,营地的围墙坏了一段,找了四个当地工人来修,说好一天干完给对应的工钱,结果四个工人八点开工,九点就歇着喝茶,十点吃早饭,十二点要睡午觉,睡到下午三点才起来,干了不到一小时又说要回家喂孩子,一天下来只码了不到五块砖,第二天还过来要全额工钱,说我们没给他们提供茶和饼,所以干得慢,钱不能少给,当时给我们队长气得直接把他们赶走了。
待得久了我才发现,这种事真的不是个例。有个二十多岁的小伙子天天来我们营地卖野果,我们看他挺活络,就说你干脆天天给我们营地送菜,我们一个月给你固定的工钱,比你卖野果稳定多了,结果他干了三天,第四天就不见了,过了一周晃悠过来,问他为啥不来,他说前三天赚的钱够花了,在家歇着花完了再来。还有国际援助组织免费给他们发蔬菜种子,教他们开荒种地,说种好了够全村吃大半年,结果一半种子被他们煮着吃了,剩下的随便往地里一撒,既不浇水也不除草,长不出来就接着等着发援助。
真的,很多人说非洲穷是因为气候不好历史遗留问题,可我们明明看到脚底下十几米就是清水,储量够整个村子用几十年,有人免费帮你打出来,就只要随手维护一下都做不到。他们不是没有力气,跑出去找野果跳篝火舞能折腾一整天,一说到干活赚饭吃,半小时就喊累;也不是没有资源,地下水摆在那,援助摆在那,就是不肯伸手去动。
我待了八个月见过好多口废弃的援助井,全都是打完没两年没人维护废了,当地人宁愿背着水桶走三四公里去接脏雨水,也不肯花半天时间清一清堵了的井口。你说这到底是延续了几千年的靠天吃饭的生活方式已经刻进骨子里改不了,还是真的就是“懒”才导致一直摆脱不了穷呢?你怎么看这件事?
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후진으로 뒤차를 들이받아버렸어야지라고 생각했는데, 저렇게 몸만 빼는 자신은 일방적 피해자가 되면서 뒷차 차주를 x되게 한다는 점에서 내 생각이 짧았다는 걸 깨달았다.....
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宇部の庵野さんが、親に頼み込んで買ってもらったテープレコーダーで毎週ヤマトを録音して暗誦できるほど聞きこんで次週の放送で上書きせざるを得なかった頃、
東京圏に住んでた出渕さんや氷川さんは、スタジオに遊びに行って資料見せてもらったりお土産にもらったり、
出渕さんに至ってはボーイスカウトの旅行の船上でラテカセでヤマト最終回を見たというこの絶望的な格差。
広島の庶民のすずさんと、東京の上流家庭のトットちゃんを思い出してしまう。
地域間階層間の格差をある程度埋められるネット社会は本当にありがたいなと思う。
これ、マクドナルドについては僕がよく使う実需のお客さんに使うセールストークと同じだ。
首都圏郊エリアの子育て世代に刺さるような言い回しで言うと、東進ハイスクールがあるかを見てみるのも駅の強さを測る上ではいいですよって言ったりしてる。


































