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UNI受託開発のリニューアルした。
”一人ですべて監修するから高品質を保たれる”
”契約前に見本ページ(デザイン)が見れる”
”中小企業の経営者向け”
を意識してデザインしました。
dev.uni-web.jp/
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女装していなくても大丈夫です。
普段着で来て、店内だけで女装を楽しめます。
女装しない男性も女性も、ひとりのお客様です。
初めての方は「初めてです」のひと言だけで大丈夫。
スタッフが料金と使い方をご案内します。
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業務システムであっても、デザインはすごく重要視しています。使っていて、心が動く、楽しいっていうような。そして、見やすいというのは仕事をしていて快適です。デザインはCloud Designを使ってデザインしています。
Cloud Designでデザインをする場合、デザインルールなども作成してもらって、Cloud Codeでデザインルールを引き継げるようにしてください。
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FDEが作業をAIネイティブ化するのが現在。
未来は、仕事はエンジニア・ドメイン領域もAIが整理して現在のFDEの役割は必要なくなる。
じゃあ、未来に求められるのは?
今、活躍しているFDEは将来、事業・会社の単位で、AIネイティブで回すことが求められる。
資本家は、技術よりプレイヤーを求める。
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女装カルチャーガイドは、Google検索よりAI検索でヒットさせることを想定しています。
将来的に女装のことを調べるなら、ググるよりAIに聞くことが多くなる。それを踏まえて、女装のデータを集めて、参考元になるように設計しています。
女装カルチャーガイドでは
・女装関連サービス一覧
・女装初心者のためのマニュアル
・女装者の生の声の集計データ
・女装の求人
などをまとめています。
掲載しても、すぐに反響は得られないと思います。しかし、将来的に現地がから集めたこの一時情報には、価値が生まれます。
女装カルチャーガイドの掲載、お待ちしております。
そして、掲載を勧めることを協力してください。
女装カルチャーの繁栄のために✨️
女装カルチャーガイド、公開しました!
女装を始めてみたい人から、長く楽しんでいる人まで。
女装文化を「知る・探す」ための情報を、ひとつの場所にまとめました。
・女装ガイド 全87記事
・女装カルチャー白書2026(現在604件の回答)
・店舗、イベント、更衣室などのスポット検索
・無料掲載/有料掲載
これで完成ではなく、ここから掲載される場所や情報を増やして、女装文化の「地図」のような場所に育てていきます。
ぜひ見てみてください。
guide.propaganda-party.com/
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これがFDEの仕事です。
会計ソフトでは吸収できない、自社だけのルール。
それを全部入れた、経理の専用ツールを作りました。
たとえば、こんなルールです。
・A店のレジ金は、翌週水曜に入金
・名義が違っても、この店の入金
・この経費は、2社で按分
かかったのは、実働約12時間。
「SESと何が違うの?」とよく聞かれます。
正直、要件定義はもういらないと思っています。
聞いたその日に作って、触ってもらいながら決めればいい。
FDEは、それを客先でやる仕事です。
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Youtubeはじめて2週間!
動画11本あげて顔出しなしなのに、
3,156回再生で100人に登録してもらえたよ✨️
図解でわかりやすく「AIと思考」がテーマだけど
生の声と、生の思考を丸出しに作ってます。
youtube.com/@yuki_zukai
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【企業ではスーパーエンジニアがこれからも必要】
企業をAIネイティブ企業にするには、社内の業務をシステム化する必要があって、それを非エンジニアがバイブコーティングで作り上げるのは、さすがにリスクあります。
個人で使うツールを、バイブコーティングするぐらいならいいけれど。企業みたいな品質が求められるものは、専門家がセキュリティを含めアーキテクチャを設計する必要があると思います。
AIがいるから、税理士はいらない、弁護士がいらないには、まだ時間がかかる。のと同じ
そして、AIで低コストで爆速でシステムが作り上げられるのだから、今まで以上にシステム開発のプロジェクトも増える。
なので、企業にはフルスタッフの上流から下流もできるスーパーエンジニアがまだまだ必要です。むしろ、その人材は貴重なので、企業で取り合いになるでしょう。
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AIで仕事が減ったら、私たちの生活はどう支えるんでしょう?
考えられるのが、この3つです。
1. みんなに定期的にお金を配る「ベーシックインカム」。
2. 共有する資産の利益を分け合う「社会配当」。
3. そして、医療や教育などの「公共サービス」。
こうした仕組みを組み合わせて、暮らしを支える未来があるかもしれません。
そのとき、私たちの暮らしや働き方はどう変わるのか。
YouTubeでも詳しく話していますので、じっくり知りたい方は、ぜひ見てみてください。
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AIに奪われない仕事、最後まで残るのは?
・持つ人
・賭ける人
・人間そのものを売る人
AIやロボットがもっと進化した先を考えると、この3種類かなと。
それぞれどんな人なのか、動画で話しました👇
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【5/14】「特別な夜」から、いつでも来られる場所へ
女の子クラブの「クラブ」は、夜のクラブというより、部活のようなクラブです。
誰かに見せるためではなく、同じことが好きな人たちが集まって、話して、笑って、仲良くなる。
そんな小さな集まりをつくりたいと思っていました。
私は10代の頃、女装バーで働いていました。
けれど、女装バーへ行くまでには、いくつもの準備が必要です。
女性の服を自分で買う。
メイクを覚える。
着替えられる場所を探す。
そして、女装した姿で店まで行く。
初めての人にとっては、店の扉を開けるよりも前に、越えなければならないハードルがたくさんありました。
プロパガンダは、女装した人が初めて外出する目的地になっていました。
ただし、開催は月に一度です。
その特別な一夜を待たなくても、もっと日常的に来られる場所があったらいい。
女装していない人が手ぶらで来て、店の中で初めて女装できる。
そこで出会った人同士が話し、友達になれる。
いわば、小さなプロパガンダです。
そう考えて、2012年12月1日、新宿二丁目に「女の子クラブ」を開きました。
当時は「男の娘」という言葉が流行していて、「男の娘クラブでもいいんじゃない?」と言われたこともあります。
でも、私がつくりたかったのは、男の娘になる場所でも、「女装クラブ」でもありませんでした。
ここへ来る人は、女の子になりたい。
しかも、みんな女の子になりたてです。
だから「女」ではなく、「女の子」。
そして「クラブ」は、お酒を飲む店という意味だけではなく、部活や同好会のように、人が集まる場所という意味です。
誰でも女の子になれる、女の子のクラブ。
店を開けると、プロパガンダへ来ていた若い子たちも遊びに来るようになりました。
店内で着替え、メイクをして、みんなでキャッキャッと話している。
私が思い描いていた光景と、大きくは変わりませんでした。
プロパガンダが「特別な夜」だとすれば、女の子クラブは、いつでも立ち寄れる日常の入口です。
大きなイベントをつくった次に必要だったのは、もっと小さく、もっと近くにある場所でした。
次回は、女の子クラブで掲げた「手ぶらでも、ひとりでも」という入口について書きます。
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【4/14】場を続けるために、大切にした3つのこと
プロパガンダが終わっても、一人で会場に残り続ける人がいました。
誰とも話さず、黙って、みんなが帰った後もそこにいる。
私はその人を見つけると、毎回のように声をかけました。
「また残ってるの? もう終わりだよ」
それでも帰ろうとしないときは、こう言いました。
「これから二丁目へ飲みに行くけど、来る?」
その人は、うれしそうについてきました。
約9年間、毎月場所を開き続けるなかで、大切にしていたことが三つあります。
1.ひとりにしない
2.否定しない
3.次の機会をつくる
### 1.ひとりにしない
プロパガンダでは、「プロパガンダガールズ」というユニットをつくり、一人でいる来場者にも、なるべくこちらから話しかけてもらいました。
私自身が会場を回り、一人ひとりへ積極的に話しかけていたわけではありません。
だからこそ、ガールズやスタッフ、周囲の来場者を含め、会場全体で新しい人を歓迎できる雰囲気をつくろうとしました。
常連だけで固まるのではなく、新しく来た人を歓迎する。
日本語がまだ得意ではない外国人にも、シャイで自分から話せない人にも、スタッフや周囲の来場者が自然に声をかける。
知らない人同士でも、カジュアルに話しかけてよい。
少し外国のような、開かれた雰囲気がありました。
もちろん、一人で過ごしたい人もいます。
壁際にいる人を「壁の人」と呼ぶような言葉もあり、それはそれでいい。
無理に輪の中へ入れることが目的ではありません。
「ここにいていい」と伝わるように、誰かが自然に声をかけられる場所を目指していました。
### 2.否定しない
年齢、体形、見た目、服装。
女装なのか、ニューハーフなのか。
男なのか、女なのか。
プロパガンダでは、それを理由に、その人の存在や参加そのものを退けないようにしていました。
当時の名称は、「女装ニューハーフ プロパガンダ」です。
「女装イベント」と呼ぶだけでは、ニューハーフの人を外へ置いてしまうように感じた。
だから、あえて二つの言葉を並べました。
今はカテゴリーで説明しなくても「プロパガンダ」で伝わるため、その言葉も外しています。
私自身、自分が女装なのか、ニューハーフなのか、男なのか女なのか、よく分からないと話していました。
心の中が青なのか赤なのか、確かめる方法はありません。
自分でも分からないものを、他人が決めなくてもいい。
だから「何でもいいんじゃない」と思っていました。
ただし、ここでいう「否定しない」は、その人の言葉や行動を何でも肯定するという意味ではありません。
意見が違えば、「それは違う」と言うこともあります。
否定しないようにしていたのは、年齢、体形、見た目、性別の捉え方などを理由に、その人の存在や参加そのものを退けることです。
他人を傷つけること、法律や会場のルールを破ること、酔って周囲へ迷惑をかけることは別です。
ルールを守れない人には、セキュリティから退場してもらうこともありました。
いろいろな人が安心して参加するためには、誰かを傷つける行為を止めることも必要でした。
### 3.次の機会をつくる
初めて来た日に、誰とも話せなかった。
女装して来たかったけれど、勇気が出なかった。
何か失敗して、恥ずかしくなってしまった。
それでも、翌月にはまたプロパガンダがあります。
今回話せなくても、次は話せるかもしれない。
一度失敗したら、もう来られない場所にはしない。
いつでも入口が開かれ、次の機会がある。
場所があり続けること自体が、安心になると考えていました。
最初は来場者だった人が、やがてDJなど、場所をつくる側へ回ることもありました。
この三つのうち、私が最も大切だと思うのは「否定しない」です。
ひとりにしないことは、完全にはできないかもしれません。
それでも、声をかけよう。
新しく来た人を歓迎しよう。
次の機会も、いつでも必ずつくれるとは限りません。
それでも、次のチャンスを残そう。
そして、属性やカテゴリーを理由に、その人の存在そのものを退けない。
何もかもを100%肯定できるわけではありません。
それでも、最初から人をカテゴリーで切り分けず、できるだけ広く受け入れる姿勢は持ち続けたいと思っていました。
私自身も、何度も否定されながら走ってきました。
プロパガンダも「うまくいかない」と言われました。
だからこそ、周囲から否定されながらも、自分のアイデンティティを守ろうとしている人を応援したくなります。
自分のままでいても、否定されない。
そう感じられる場所は、それだけで尊いものだと思います。
次回は、特別な一夜だったプロパガンダから、いつでも来られる「女の子クラブ」が生まれるまでを書きます。
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【3/14】月1回を、約9年間続けて分かったこと
プロパガンダは、私のイベントではありませんでした。
第2回を開いた頃には、もう「みんなの場所」になっていたと思います。
2007年8月から2016年3月まで、8年7か月。
約9年間、ほぼ毎月開催しました。
開催日は毎月最終土曜日。
理由はとても現実的で、25日の給料日後になりやすいからです。
月1回というペースも、最初から深く考えて決めたわけではありません。
毎月やってみたら、それが友達と顔を合わせるのに、ちょうどよい間隔でした。
ひとつの開催が終わると、すぐに次の1か月が始まります。
・次の出演者を探す
・毎回違う企画やテーマを考える
・DJやスタッフと調整する
・告知画像をつくる
・ウェブサイトやmixiで知らせる
出会いの企画、コスプレテーマ、ゲスト、アニソンDJ。
毎月、何か一つは新しいものを入れました。
最初の頃は、受付もドリンクもホールも、自分で一通り経験しました。
仕事の内容が分かってからは、現場監督やスタッフへ少しずつ任せ、私は画像や世界観、イベントの方向性を考える仕事に集中していきました。
一人で全部やり続けるのではなく、自分にしかできない部分へ時間を使う。
それが、長く続けるために必要だったのだと思います。
意外かもしれませんが、プロパガンダ以外の時間に私がしていたのは、ほとんどプログラミングでした。
イベントを開きながら、プログラミングを勉強し、システムをつくる。
「プログラミングには未来がある」と思っていたからです。
21歳からの私の生活は、イベントとプログラミングでできていました。
9年間、ずっと順調だったわけではありません。
特に覚えているのは、東日本大震災の直後です。
世の中には、イベントを開くこと自体をためらう空気がありました。
それでも開催し、入場料の一部を支援へ回しました。翌日には寄付の明細をウェブサイトへ掲載しました。
開催するなら、曖昧にしない。
できることをして、その結果を公開するところまでが運営だと考えていました。
続けられた一番の理由は、単純に楽しかったからです。
毎月、新しい衣装を買う。
コスプレをする。
友達と会う。
仕事ではありましたが、同時に私のプライベートでもありました。
通い続けて常連になった人。
友達や恋人ができた人。
プロパガンダで初めて女装した人。
「プロパガンダがあったから、今の私がいます」
そう言ってもらうことも、何度もありました。
誰かの人生のきっかけになれたことが、うれしかった。
私にとって、プロパガンダは大きな生き物のような存在でした。
私が行き先を決めるのではありません。
この生き物は、どちらへ行きたいのか。
何をしたいのか。
何を食べたがっているのか。
集まる人やスタッフの声を見ながら、それを考えて育てるのが、私の役割でした。
赤と三角形を使ったデザインも、そのためにつくったものです。
ただ女装をする人が集まるのではなく、「プロパガンダという世界」に入る感覚をつくりたかった。
表向きは、楽しくて、騒がしくて、カオスな場所です。
でも、そこにいる人たちは、生きづらさや孤独、社会から異物として見られる感覚を抱えていました。
それを言葉にしなくても、どこかで通じ合っていた。
だから、あの世界を好きになり、毎月集まってくれたのかもしれません。
終盤には、私自身の双極性障害が悪化し、毎月の運営を続けることが難しくなりました。
2014年に西原さつきさんへ主催を任せ、その後は会場の事情やブームの変化も重なり、2016年3月に月例開催を終えました。
一度盛り上がるイベントをつくることと、同じ場所を続けることは違います。
続けるとは、同じことを繰り返すことではありません。
毎月そこに来る人たちを見ながら、場所の行きたい方向を聞き、少しずつ育てていくことでした。
そうして続いた場所が、いつの間にか、誰かの記憶や人生の一部になっていく。
それが、約9年間続けて分かったことです。
次回は、人が安心して集まり続ける場所に必要だった3つのことを書きます。
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【2/14】一晩に約450人。風林会館が揺れた夜
午前3時。
「創聖のアクエリオン」が流れる会場で、まだ何百人もの人が酒を飲み、踊り、声を上げていました。
私はようやくその日の仕事が一段落して、お酒を片手に会場全体を眺めていました。
そのとき、急に我に返ったんです。
「これ、私が始めたことがきっかけで、こうなったんだ」
21歳のとき、友達がほしくて始めた小さなイベント。
それがいつの間にか、何百人もの人が集まる場所になっていました。
最初のカフェを出たあと、プロパガンダは新宿二丁目のクラブなどを転々としました。
やがて、ちょうどよい会場が見つからなくなりました。
それでも、開催をやめるつもりはありませんでした。
新宿以外も含めて、問い合わせや見学をした会場は約100カ所。
100人規模なら約10万円。
200人なら約20万円。
300人なら約30万円。
広くなるほど、当然会場費も上がります。
そんなとき、歌舞伎町の風林会館を直接訪ねました。
5階にあったのは、使われなくなり、物置のようになっていた元グランドキャバレー「ニュージャパン」。
・約500人収容
・ステージとお立ち台
・昭和のキャバレーがそのまま残った内装
・1日15万円
「めちゃくちゃ安い。しかも、ここならぴったりだ」
そう思いました。
少しカビ臭さもありました。
でも私には、それも含めて味のある、最高の会場でした。
今でも似た匂いを嗅ぐと、風林会館を思い出します。
プロパガンダは、そこで生き物のように成長していきました。
普段から約400人。
最も多い夜には、約450人。
私の記憶では、アイドルグループBiSが出演してくれた夜でした。
私はステージの裏から観客を見ていました。
大勢が一斉にジャンプすると、風林会館そのものが揺れました。
スタッフから「もう450人を超えています」と聞かされ、ただ驚きました。
会場には、女装をする人だけでなく、アンダーグラウンドな雰囲気が好きな人、友達に連れられて来た人、有名な漫画家や経営者、音楽家までいました。
誰がいてもおかしくない、カオスな場所でした。
当時は「男の娘」という言葉が広まり、アニメやコスプレを入口に女装を始める若い人も増えていました。
アニソンDJの時間は、特に人気でした。
私は取材で「なぜ女装ブームが起きたのですか」と何度も聞かれました。
そのたびに答えていたのが、「インターネットが女装文化を変えた」ということです。
プロパガンダは公式サイトをつくり、mixiで告知し、会場にはカメラマンを入れました。
もちろん、写真の掲載には本人の許可を取ります。
それでも、写真を公開することには賛否がありました。
「カメラマンがいるイベントにはしたくない」という意見もありました。
でも、ここだけは譲りませんでした。
閉じたままでは、次の人が入口を見つけられない。
写真を公開し、そこに集まる人たちの姿を社会へ見せることが、この文化を大きくし、次へ残すことにつながると考えていたからです。
それまでの、人目を避けて楽しむ女装文化。
そこから、外出し、仲間と騒ぎ、ファッションやコスプレを楽しみ、自分の写真を公開する若い世代へ。
私には、プロパガンダの前と後に、一つの境界線があるように見えました。
午前3時の風林会館で、何百人もの人が踊る姿を眺めながら、私はようやくその変化を実感しました。
単純に、うれしかった。
同時に、「とんでもないことになった」と思いました。
今でも「創聖のアクエリオン」を聴くと、あの夜の景色が浮かびます。
次回は、月1回の開催を約9年間続けて分かったことを書きます。
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うん、うんうん、(涙目で遠い目
【1/14】21歳、50席の会場から始めた「プロパガンダ」
「女装をする友達や、トランスジェンダーの友達がほしい」
プロパガンダを始めた理由は、実はそこからでした。
2007年。当時、同じような人と出会える場所といえば、女装バーなどが中心でした。
でも、21歳だった私には少し敷居が高かった。
お店にひとりで入るのではなく、同じように友達を探している人たちが、もっと気軽に出会える場をつくれないだろうか。
そう考えて、新宿二丁目で昼間だけ営業していたカフェの店主に直接相談し、夜の時間を借りました。
黒を基調にした、少し暗めの店内。
広さは約50席です。
イベント名の「プロパガンダ」は、友達が考えてくれました。
最初に聞いたとき、私は「何それ?」という反応でした。
でも友達から「すごく意味のある言葉だから」と言われ、自分でも調べてみると、なんだか面白そうだと思ったんです。
政治的な意味を持つ言葉でもあります。
ただ、今振り返ると、女装をする人たちが人目を避けるのではなく、ひとつの場所に集まること。
その光景自体が、社会に対するひとつの主張になる。
そんな意味も、あの名前には重なっていたように思います。
「プロパガンダ」という名前を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、赤い色と三角形でした。
現在のシリーズで使っている赤も、あの頃に思い浮かべた色からつながっています。
告知の中心は、mixiでした。
その後は公式ウェブサイトもつくり、インターネットを使ってイベントの存在を外へ伝えていきました。
最初は、20〜30人くらい来てくれたら十分だと思っていました。
ところが当日、会場に来たのは約100人。
・50席の店に100人
・クーラーが追いつかない
・氷も足りなくなる
・受付も友達に頼んだ手探りの運営
・店に入れず、帰ることになった人が約50人
そのときの私の気持ちは、「成功した」より先に「しまった」でした。
せっかく来てくれた人を、入れずに帰してしまう。
申し訳ないことをしたと思いました。
ところが、一緒に運営していたスタッフは違いました。
「これは、すごいことだよ」
そう言って、驚きながら喜んでいたんです。
その言葉を聞いて、初めて気づきました。
私と同じように、出会える場所を探していた人が、こんなにいたのかもしれない。
インターネットで告知された女装イベント自体が、まだ珍しい時代でした。
「これは何だろう」と興味を持って来た人。
すでに女装して外出していた人。
初めて女装して参加した人。
いろいろな人が、真夏の小さな会場に集まりました。
私は文化をつくろうとしていたわけではありません。
ただ、友達がほしかった。
同じような人と出会える場所がほしかった。
ないなら、自分で一度つくってみようと思った。
それだけでした。
でも、この夜を境に「次はもっと大きな場所を用意しなければ」と考えるようになります。
そして2か月後の10月、私は勤めていた会社を辞めました。
あの夜には、まだ名前をつけられなかった未来がありました。
次回は、プロパガンダが約450人の集まる場所になるまでを書きます。
全14回、毎朝8:30に更新します。
全14回が終わったら、すべての記事を一覧にして、改めて投稿します。
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「女装文化の入口」を、19年間つくってきました。
21歳、50席の小さな会場で始めた「プロパガンダ」。
風林会館で約450人が集まった夜。
女の子クラブ、女装子更衣室、そしてデジタルへ。
うまくいったことも、失敗したこともあります。
それでも、ずっと考えてきたのは、
「初めての人が、安心して入れる場所をどうつくるか」。
このアカウントでは、私が見てきた女装文化と、
これからつくりたい入口について書いていきます。
まずは全14回、毎朝8:30に更新します。
初めから読めるよう、この投稿を固定します。
女装文化の今とこれからが気になる方は、
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