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film critic / filmmaker / antifa

TOKYO HATE CITY, HELL JAPAN
Joined December 2009
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補足。蓮實先生自身は、ショットを撮れる映画作家をそれだけで高く評価する傾向にあるように思われるが、私自身はその見方には与しない。そもそも映画作家ならショットなど撮れて当たり前だし、撮れない作り手は映画作家の名に値しないと個人的には考えているからだ。ショットが撮れることは必要条件にすぎず、問題はその先にある。 TIFFやFILMeXが世界のトレンドを反映しているとは全く思わないが、現代映画の傾向として、ショットが撮れるが中身がない作り手と、中身はあるがショットが撮れない作り手に二極化しているような印象を受ける(これはもちろん現代日本映画にも当てはまる)。だが、かつての巨匠たちの作品を見れば分かることだが、もちろんそういった人たちはショットが撮れ、しかも中身のある映画を撮っていた。これは言い換えるなら、四六時中、映画のことばかり考えていないと映画は撮れないが、それと同時に四六時中、映画のことばかり考えていては映画は撮れないというアポリアでもある。今のところ、その系譜に連なる最後の映画作家が、青山さんであり、堀くんであった。全く惜しい人たちを亡くしたものだとつくづくその損失の大きさを思う。 蓮實先生が近年、ショット、ショットと言うのも、ショットが撮れる作り手が世界的に少なくなりつつあることを危惧してのことではないかと愚考する(別にご本人に確かめたわけではないので、あくまで私の推測)。 なお老婆心ながら、青山さんや堀くんのような映画作家の後に続こうという大望を持つ若者に言いたいのは、ショットを撮れるようになるために古典映画を研究するのはもちろんだが、中身のあることを語るためにマトモな本を読み、社会を題材として扱うだけでなく、それについて自分の頭で考え抜くべきだ、ということだ。
蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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どこの国が際限なく移民を受け入れてどうなったんですか?
Replying to @yaoyuki
ヨーロッパのように際限なく意味を受け入れることに反対して何が悪い。 はい、補足してやったよ。
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つまりおまえの政党は犯罪者集団ってことやん笑 nitter.cf/migikatakawai/status/2…
unavailable
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補足その2。字幕にあった「ゾンビIP」の「IP」はintellectual property(知的財産)のことで、ハリウッドでは続編やリメイクで使い回せる題名やキャラクターを指す業界用語。「ゾンビIP」は、とっくに死んでいるのに知名度頼みでリブートされ続ける古いシリーズのこと。湖の底から何度でも蘇る殺人鬼のシリーズを、業界が何度でも墓から掘り起こす、という二重の洒落になっている。
補足。ロビン・ウッドは後年、70年代の進歩的なホラーは「ハロウィン」以降反動化し、80年頃にはセックスしたティーンが延々と罰せられるだけのジャンルに堕したと論じ、「13日の金曜日」シリーズはジェイソンもろとも地獄に落ちて当然とまで書いている。しかも「ただ一つ小さな問題がある。私が覚えている限りのすべての映画(そしてそれらはセックスと虐殺という恐ろしく混乱したイメージに融合している)で、ティーンエイジャーはオーガズムに達することはほとんどない」と。「キャンプ・ミアズマ」はそのジェイソンの系譜を素材に、絶頂の手前で中断される場面を何度も反復させ、最後に絶頂と死を一致させる(しかも「小さな死」なので二人とも生き返る笑)。ウッドが見捨てたスラッシャーを、ウッドの「抑圧されたものの回帰」の理論で拾い直しているように見える。
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補足。ロビン・ウッドは後年、70年代の進歩的なホラーは「ハロウィン」以降反動化し、80年頃にはセックスしたティーンが延々と罰せられるだけのジャンルに堕したと論じ、「13日の金曜日」シリーズはジェイソンもろとも地獄に落ちて当然とまで書いている。しかも「ただ一つ小さな問題がある。私が覚えている限りのすべての映画(そしてそれらはセックスと虐殺という恐ろしく混乱したイメージに融合している)で、ティーンエイジャーはオーガズムに達することはほとんどない」と。「キャンプ・ミアズマ」はそのジェイソンの系譜を素材に、絶頂の手前で中断される場面を何度も反復させ、最後に絶頂と死を一致させる(しかも「小さな死」なので二人とも生き返る笑)。ウッドが見捨てたスラッシャーを、ウッドの「抑圧されたものの回帰」の理論で拾い直しているように見える。
「キャンプ・ミアズマ」豆知識。殺人鬼リトル・デス(Little Death)はフランス語ならla petite mort、つまりオルガズムのことで、セックスと死が究極の瞬間に一致するこの物語の主題そのもの(主人公の女性監督の処女作の題名は「享楽(Jouissance)」で、何やらラカンの匂いがする)。「ビデオドローム」や「ツイン・ピークス」への参照は見ればバカでも分かるし、「サンセット大通り」と「サイコ」を下敷きにしていることも題名が台詞に出てくるので分かるが(その割に「母親の剥製」で場内が笑わなかったのが不思議)、むしろ明示されていない「仮面/ペルソナ」こそ大きな元ネタの一つだろう(と思ったら監督自身がインタビューで言ってた)。映画内映画は「悪魔のいけにえ」の映像の空気感をよく再現していて、若き日のビリーを演じるアマンダ・フィックスがめちゃ可愛い。主人公(と監督自身)のテーマであるホラーとクィア表象の結びつきは、ファイナル・ガール論のキャロル・クローヴァー(「男と女とチェーンソー」が今年邦訳された)や、自身ゲイだったロビン・ウッドの古典的論考「アメリカのホラー映画序説」(「「新」映画理論集成1」所収、訳者はトシさま)への目配せかと。この映画作家はかなりのシネフィルでインテリだと思うが、理屈をこねる主人公にビリーが言い放つ「肉体と体液」の一言どおり、映画内映画のおバカさにはホラー嫌いの私でもかなり笑えた(切り株!)。あと後半のシャーデー「No Ordinary Love」の使い方が個人的にはツボだった笑
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「キャンプ・ミアズマ」豆知識。殺人鬼リトル・デス(Little Death)はフランス語ならla petite mort、つまりオルガズムのことで、セックスと死が究極の瞬間に一致するこの物語の主題そのもの(主人公の女性監督の処女作の題名は「享楽(Jouissance)」で、何やらラカンの匂いがする)。「ビデオドローム」や「ツイン・ピークス」への参照は見ればバカでも分かるし、「サンセット大通り」と「サイコ」を下敷きにしていることも題名が台詞に出てくるので分かるが(その割に「母親の剥製」で場内が笑わなかったのが不思議)、むしろ明示されていない「仮面/ペルソナ」こそ大きな元ネタの一つだろう(と思ったら監督自身がインタビューで言ってた)。映画内映画は「悪魔のいけにえ」の映像の空気感をよく再現していて、若き日のビリーを演じるアマンダ・フィックスがめちゃ可愛い。主人公(と監督自身)のテーマであるホラーとクィア表象の結びつきは、ファイナル・ガール論のキャロル・クローヴァー(「男と女とチェーンソー」が今年邦訳された)や、自身ゲイだったロビン・ウッドの古典的論考「アメリカのホラー映画序説」(「「新」映画理論集成1」所収、訳者はトシさま)への目配せかと。この映画作家はかなりのシネフィルでインテリだと思うが、理屈をこねる主人公にビリーが言い放つ「肉体と体液」の一言どおり、映画内映画のおバカさにはホラー嫌いの私でもかなり笑えた(切り株!)。あと後半のシャーデー「No Ordinary Love」の使い方が個人的にはツボだった笑
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巨匠ルキノ・ヴィスコンティ(1906-76)は今日11月2日で生誕120年。 「芸術は心安らかな者の心をかき乱し、心乱れた者の心を安らかにさせるべきだ」 傑作『若者のすべて』('60)から、 ロッコ(アラン・ドロン)が兄・シモーネ(レナート・サルヴァトーリ)の借金を肩代わりしてボクシングのタイトル戦に挑んでいる時、シモーネが別れた恋人の娼婦・ナディア(アニー・ジラルド)に復縁を迫る場面⇩ Alain Delon, Renato Salvatori and Annie Girardot in "Rocco e i suoi fratelli" (Luchino Visconti, 1960)
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「エリコへの道」10.7以後に「ゴーレム」神話を撮った昨年の「ポンペイのゴーレム」には、あんたこのタイミングでそれやるの!?と呆れてしまったが(しかも最後に、とって付けたような言い訳を役者たちに語らせてるし)、さすがに本人もあれはまずかったと思ったのかは知らねど、本作は自らの過去作をパッチワークしてイスラエルの「悩める良心的左派知識人」としての自己を演出していて、これまた長い言い訳にしか見えないのだった。入植者に立ち退きを迫られているベドウィンを撮るのも、ガザでの虐殺への態度表明を避けて話を西岸にずらしているようにしか見えず。
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「未明のとき」はATG時代の大島や喜重みたいだったな笑。悪くないと思う。
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「キャンプ・ミアズマ」豆知識。殺人鬼リトル・デス(Little Death)はフランス語ならla petite mort、つまりオルガズムのことで、セックスと死が究極の瞬間に一致するこの物語の主題そのもの(主人公の女性監督の処女作の題名は「享楽(Jouissance)」で、何やらラカンの匂いがする)。「ビデオドローム」や「ツイン・ピークス」への参照は見ればバカでも分かるし、「サンセット大通り」と「サイコ」を下敷きにしていることも題名が台詞に出てくるので分かるが(その割に「母親の剥製」で場内が笑わなかったのが不思議)、むしろ明示されていない「仮面/ペルソナ」こそ大きな元ネタの一つだろう(と思ったら監督自身がインタビューで言ってた)。映画内映画は「悪魔のいけにえ」の映像の空気感をよく再現していて、若き日のビリーを演じるアマンダ・フィックスがめちゃ可愛い。主人公(と監督自身)のテーマであるホラーとクィア表象の結びつきは、ファイナル・ガール論のキャロル・クローヴァー(「男と女とチェーンソー」が今年邦訳された)や、自身ゲイだったロビン・ウッドの古典的論考「アメリカのホラー映画序説」(「「新」映画理論集成1」所収、訳者はトシさま)への目配せかと。この映画作家はかなりのシネフィルでインテリだと思うが、理屈をこねる主人公にビリーが言い放つ「肉体と体液」の一言どおり、映画内映画のおバカさにはホラー嫌いの私でもかなり笑えた(切り株!)。あと後半のシャーデー「No Ordinary Love」の使い方が個人的にはツボだった笑
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「雪に埋もれて」多和田葉子そっくりな人が出てるなーと思いつつ見ていたのだが、クレジットで確認したら本人だった笑
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TIFF2026(10/26) 聴覚 × 夢見た冒険 △ リヴァー・トレイン ×
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TIFF2026(11/1) 赤死病の仮面 ◎ 妻が泣く ⚪︎ 濡れた週末 ⚪︎ フィリピニャーナ ⚪︎
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TIFF2026(11/2) 雪に埋もれて × エリコへの道 × キャンプ・ミアズマ ティーンのセックスと死 ⚪︎ サバイバル △ 未明のとき ⚪︎
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「演技や言葉、持続に重きを置く作家」として、蓮實先生が最上位に置くのがドライヤーやオリヴェイラであることも明らかだろう。「ベルイマンの全作品など、ドライヤーの遺作「ゲアトルード」一本の前にあっさり瓦解するほかはないという現実を、人はもっと深刻に受け止める必要がある」(「映画はいかにして死ぬか〔新装版〕」263頁)。ベルイマン(特に後期)やピアラに対する低評価は、彼らのショットが先生の基準に達していないからに他ならない。
蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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子曰く、由、女(なんじ)に之を知るを誨(おしへ)んか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す。是、知る也と。 (論語・為政)
蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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そんなことも分からない奴が「シネフィルガー」とか言うのは百年早いわ。
蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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「ショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題」
蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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蓮實批判をする知ったかぶりの中高年がしばしば陥りがちな落とし穴というのは、ショットを単に空間の問題としか捉えていないこと。だから「美しい構図や見事なカメラワークがあっても彼〔蓮實〕が評価するとは限らず」という間抜けな発言が出てくる。もちろんショットというのは、空間だけでなく、時間の問題であり、またその組合せの問題であるんだから、評価しないのは当たり前だろ。こんなことは実際に映画を撮ったことがあればすぐ分かることだし、たとえ撮ったことがなくても、映画について日々真摯に考えていれば分かることなのだが。ちゃんと日記にメモしておくように。あと一つ賢くなったんだから、おれに授業料振り込めよ(敵に塩を送る親切なおれ)。まあ親切心からというよりは、いい歳こいたおっさんがドヤ顔で世界に向けて発信するそのアホさに、傍から眺めていて共感性羞恥を覚えたからなのだが。
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